本当に怖い情報統制とは

日本の大学では、最近中国人留学生が増えています。私も研究指導や演習などを通して、多くの中国人留学生を指導してきました。そこでいつも聞くのが、天安門事件を知っているかです。せっかく言論の自由がある国に来たのですから、今まで検閲で遮断されていた情報を知ってもらおうという意図です。

『「先見力」の授業』(掛谷英紀著・かんき出版刊)

検閲がある以上、知らない学生が多いと思っていたのですが、聞いてみるとほとんどの学生が知っていると答えました。どうやって情報を入手したかと聞くと、天安門事件の動画が入ったUSBメモリを回して見ているとのことでした。

ある時、中国人留学生とそういう会話をしていると、横から日本人学生がこう聞きました。「天安門事件って何ですか。」それをきっかけに、多くの日本人学生に天安門事件を知っているか聞いてみたのですが、名前は聞いたことがあるという学生はそれなりにいるものの、事件の内容まで知っている日本人学生はほとんどいないことが分かりました。

中国人学生は、マスコミや学校の先生が大事な情報を隠していると知っています。だから、真実を知ろうと思って自分でいろいろ調べるわけです。一方、日本人学生は、マスコミや学校の先生を信じていて、大事な情報は漏らさず教えてもらえると思っている。そのため、自分で調べようとしないのです。

これはある意味恐ろしいことです。マスコミや学校に対する信頼が著しく高い社会では、それらの情報発信源さえ特定の思想に染め上げてしまえば、出版物やネットの検閲がなくても、中国よりもはるかに強固な情報統制社会が実現するのです。

今回紹介した例から分かる通り、現実にマスコミや学校が人々の人生にかかわる大事な情報を伝えないこともあります。ですから、マスコミや学校の先生の言うことだけに頼って生きてはいけないのです。

本来、学校教育で一番大事なことは、そうした健全な懐疑の精神を身に着けさせることです。ところが、その肝心な知的態度が今の日本人学生には身についていません。私は、自分の講義で必ず言うことがあります。「ぼくの言っていることもウソかもしれないから、後でちゃんと自分で調べて、自分で考えるように」。みなさんも、ぜひ実践していただければと思います。

掛谷 英紀(かけや・ひでき)
筑波大学システム情報系准教授
1970年大阪府生まれ。93年東京大学理学部生物化学科卒。98年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。NPO法人「言論責任保証協会」代表。著書に『学問とは何か 専門家・メディア・科学技術の倫理』『学者のウソ』など。近著に『「先見力」の授業』(かんき出版)がある。
(写真=iStock.com)
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