アナログだけが持つ唯一無二という価値
こうした製品の便利さや機能性に還元することのできない、「アナログ製品のよさ」とは、一体何なのだろうか。ひとつの手がかりとなるのが、財のオーセンティシティ(authenticity)が消費者の知覚に与える影響である。
オーセンティシティとは、「コピーではなく、オリジナルであること」や「正真正銘の本物であること」を指す概念であり、日本語では「真正性」や「本物感」とも訳される。
デジタル化された画像や文字のデータは、コストなく簡単に複製でき、共有できる点では便利である。だがその反面として、オーセンティシティには乏しくなる。これに対して、インスタントカメラで撮影した写真や、手書きの文字によるメッセージは、完全な複製は難しい、唯一無二のものである。デジタル技術の普及によって、逆にそうしたアナログな表現物のオーセンティシティが消費者に評価され、結果として価値を高めていると考えらえる。
とはいえ、コピーできないことや希少であることが、オーセンティシティに直結するわけではないことには注意が必要である。希少であってもオーセンティックでないもの、逆に、多くの人が使用している工業製品だがオーセンティックなもの、はいずれも存在している。
G.R.キャローラとD.R.ウィートンは 、ある対象に「オーセンティシティがある」、あるいはそれが「オーセンティックである」という場合には、少なくとも2つの異なる意味が存在していることを指摘している(Carrolla,Glenn R. and Dennis Ray Wheaton(2009)“The organizational construction of authenticity:An examination of contemporary food and dining in the U.S.,” Research in Organizational Behavior,Volume 29:255–282.)。
第1に、もし対象が、ある型式(あるいはジャンルやカテゴリ)に忠実である場合、それはオーセンティックである。伝統的なカウンターのみのスタイルで、昔ながらのレシピでお酒を提供するバーを「オーセンティックなバー」と呼んだり、本場の味に忠実なフランス料理を提供するレストランを「オーセンティックなフレンチ」と呼んだりするのは、こうした意味での用法である。
第2に、対象が道義的に偽りのない信念を反映していると考えられる場合にも、そこにはオーセンティシティが認められる。何かを提供する人や企業が、自らのこだわりや価値観に対して、偽りのない振る舞いをする場合に、それらが体現された提供物にはオーセンティシティがあるといえる。地元で栽培されたオーガニック野菜の使用にこだわるレストランや、生産効率を無視しても細部にこだわった製品デザインを採用する企業などは、いずれもオーセンティックと見なされる。
どちらの用法にも共通するのは、ある対象にオーセンティシティがあるか否かは、事実として客観的に判断できるようなものではなく、特定の社会的なコンテクストのなかで社会的に構築されるような問題だという点である。そしてオーセンティシティとは、時代や社会的なトレンドによって揺らぐことのない、その対象の「らしさ」や「こだわり」に関係するものであり、それは必ずしも顧客にとっての利便性や便益とは結びつかず、むしろ時にはトレンドや効率性に逆行する可能性すらある価値である。しかし、それらがオーセンティックなものとして顧客に知覚され、共感を得ることができれば、顧客の主観的な対象への評価にポジティブな影響を及ぼすことになる。
安定した大量の商品供給を可能にする工業化されたものづくりが行き渡ることで、逆に不安定な手作業のものづくりが再評価される現象は、今日の地酒やクラフトビールのブームにも見ることができる。あるいはグローバル化によって人々が伝統的なアイデンティティから切り離されていると認識されると、ローカルな伝統文化が見直される傾向が強まったりする。だからといって関心が一時的な傾向にすぎないことを意味するわけではないが、このように場合によっては、外部環境の脅威の影響で、オーセンティシティへの関心が強くなることはたしかに考えられる。
立命館大学経営学部准教授。
立命館大学国際関係学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了(博士商学)、首都大学東京都市教養学部経営学系助教を経て、2010年より現職。専門は、マーケティング論で、特に新しい製品市場の形成プロセスに関心を持つ。主要著書に、『ビジネス三國志』(共著、プレジデント社)、『マーケティング・リフレーミング』(共著、有斐閣)、訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)など。