心地いいドル円の傍らで忍び寄る通貨危機

マネーの流れの変化を最もよく反映するインディケーターは、通貨だろう。グラフは年初来の主要通貨の対ドルでの騰落率を見たものである。先日、国際通貨基金(IMF)への支援を要請したアルゼンチンのペソは20%を超える下落幅を記録している。また政情不安が意識されているトルコのリラも13%近く下落している。それ以外にも、豪州やインドなど、資源国や新興国を中心に通貨がかなり下落していることが分かる。

日本人は良くも悪くも対ドルでの為替水準で物事を考える。企業の収益も決済通貨であるドルとの関係が重視される。足元、対ドルレートは1ドル110円程度である。年明けの対ドルレートは112円台であり、3月には一時105円を割り込んだ。もっとも、そこからは5円切り返しており、対ドルレートは比較的安定しているという印象を持っている人が多いだろう。

現状の日本は、ドル円レートの心地いい湯船に浸かっているため、世界の為替市場の動きが反映している米国へのマネー回帰の流れを見失いがちだ。先に述べたアルゼンチンやトルコの通貨下落は既に危機的であるし、通貨危機の前段階にある通貨不安に近い通貨も散見される。

通貨危機が金融危機に転じやすくなっている

通貨危機の恐ろしいところは、それが世界的に伝染することにある。かつて通貨危機は、経常収支赤字などマクロ経済の不均衡が拡大している国が経験すると考えられてきた。そして同様の不均衡を抱えている経済(70年代の南米など)に通貨危機が伝染していくという傾向が見られた。

もっとも金融市場のグローバル化が進んで以降、そうした不均衡が必ずしも生じていない国でも通貨危機を経験するようになった。例えば90年代後半に通貨危機を経験したアジア諸国の場合、経済の不均衡は深刻ではなかったし、この流れが伝染したロシアの場合、当時抱えていた問題はアジア諸国とは根本的に異なっていた。

金融のグローバル化により通貨の売買が容易になったことが、通貨危機が変質した最大の理由と言える。通貨の売買が容易になったため、投資家の思惑で通貨が上昇も下落もしやすくなった。投資家はある通貨の下落で被った損失を、違う通貨を売却して補填しようとする。その結果、通貨危機が世界的に伝染しやすくなったと考えられる。

アジア通貨危機を経て、多くの新興国が変動相場制度を採用するようになった。そのため、かつてほど深刻な通貨危機は生じないという見方もある。ただ新興国が採用している為替相場制度は、実態としては固定相場制度に近いものが一般的である。深刻な通貨危機は今後も生じ得るというのが筆者の見方だ。

そして近年は、通貨危機が金融危機に転じやすくなった。通貨売買が容易になったことで、各国とも外国からマネーを調達しやすくなった。そのため、通貨危機下でマネーが流出すると経済全体の資金繰りが悪化し、金融危機が生じるのである。もちろん、金融危機もまた世界的に伝染しやすくなっている。