「真摯に対応しています」という言葉には嘘がある

朝日奨学会東京事務局は、販売所の<労働環境について逐一把握しているわけではありません>という。しかしASA赤堤では、以前にも問題が起きている。ハイ君の1年前に配属されたベトナム人奨学生からも、自転車での配達に対して不満の声が上がったのだ。そして奨学会関係者が間に入り、他の販売所へベトナム人奨学生を移すことになった。その後、ハイ君ら5人のベトナム人が配属された。そうした経緯を見ても、ASA赤堤が「問題店」であることは、奨学会も十分に把握しているはずなのだ。

奨学生からの相談に対し、<真摯に対応しています>という言葉にも嘘がある。2月末に配達区域が広がった後、ASA赤堤のベトナム人奨学生は奨学会担当者に対し、相談を持ちかけている。また、自転車での配達問題に関しては、以前から改善してくれるよう直訴してきた。だが、現在に至るまで全く対応は取られていない。

本来であれば、朝日新聞本社が率先して取り組むべき問題だ。奨学会の歴代専務理事は朝日新聞本社からの天下りで、事務局長も朝日からの出向者が務めている。そして本社と販売所の間には、決して「独立した企業」同士とは呼べない上下関係がある。

ハイ君(仮名)が働く東京・世田谷区内の朝日新聞販売所「ASA赤堤」。(撮影=出井康博)

朝日新聞が紙面で留学生問題を取り上げない理由

新聞配達の現場における留学生の違法就労は、朝日新聞の販売所に限った問題ではない。だが、奨学会として外国人奨学生を組織的に受け入れているのは朝日だけだ。また、読売新聞や日本経済新聞などの配達現場でも留学生アルバイトが急増しているのも、朝日の成功に倣ってのことなのだ。

新聞各紙では、実習生に対する人権侵害が頻繁に報じられる。とりわけ朝日新聞は熱心で、今年1月から3月にかけ電子版「GLOBE」で計7回にわたって連載された「求む 外国人労働者」でも後半3回は「技能実習の闇」と題し、ベトナム人実習生を被害者として取り上げた。そこでは実習制度が「人をだます制度」と批判されているが、自らの配達現場では、同じベトナム人が実習生にも増してひどい扱いを受けている。

日本で働く留学生の数は、実習生をも上回る。出稼ぎ目的で、多額の借金を背負い来日する“偽装留学生”の急増があってのことだ。彼らは日本語学校や人手不足の企業などからさまざまなかたちで食い物になっているが、朝日を始めとする大手紙はほとんど取り上げない。新聞配達の現場で留学生の違法就労を強い、食い物にしているからである。“偽装留学生”問題を紙面で取り上げれば、配達現場にも火の粉が及びかねない。それを新聞各紙は恐れているのだ。

ハイ君が働くASA赤堤は、2つの法律違反を犯している。「週28時間以内」を超える就労という入管難民法の違反、そして残業代の未払いによる労働基準法の違反である。しかし、ハイ君らベトナム人奨学生には声を上げる手段がない。販売所や朝日奨学会とトラブルとなって、ベトナムへと強制送還されることが怖いのである。実習生が受け入れ先の企業や仲介役の監理団体に遠慮し、なかなか被害を訴えられないのと同じだ。しかも新聞配達のベトナム人奨学生には、販売所に強要されているとはいえ、法定上限を超えて働いていることへの後ろめたさもある。

ハイ君が日本語学校を卒業するのは1年後である。それまで彼は差別待遇に耐えながら、違法就労を続けていくしかないのだろうか。

出井康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社)『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『年金夫婦の海外移住』(小学館)などがある。