日本社会において種々の格差が拡大し、将来へ向けての希望が失われつつあるという厳しい現実がある。筆者は新しい社会科学である希望学が取り組んだ、岩手県釜石市の調査から地域間格差の解決へのカギを探る。

専門書としては異例の売れ行きの『希望学』とは

東京大学社会科学研究所(東大社研)が今春から刊行を始めた4冊シリーズの『希望学』が、売れに売れている。書店での売れ行きも絶好調だそうだが、何よりも圧巻なのは、4月に刊行された第一巻の『希望を語る──社会科学の新たな地平へ』が、アマゾンの総合ランキングで141位まで上昇したことである。

内容は、けっして平易な本ではない。編者の玄田有史と宇野重規によれば、「希望という概念の持つ理論的射程を、この概念に関する過去からの議論の蓄積、社会科学の他の諸概念との比較、さらに現代日本の状況や社会科学の視点を踏まえつつ、考察していくこと」(同書xiページ)を目的とする、どちらかと言えば難解な本である。学術書の世界では、アマゾンの総合ランキングで1万位以内に入れば、売れ行き好調との評価を受ける。それが、「2桁違い」の100位に迫る勢いを示したのであるから、社会科学にかかわる専門書としては、近年まれに見る快挙と言っても過言ではないのである。

「希望学」とは聞きなれない言葉であるが、いったいどのようなものなのか。『希望学』シリーズ各巻の冒頭には、「希望学は、希望と社会との関係を切り開く、新しい挑戦である」(iページ)、と書かれている。

つまり、希望学とは、「希望を社会科学する」を合言葉に、希望と社会との相互関係を考察しようとする、新しい学問のことである。経済学など従来の社会科学の多くの分野では、個人が希望を保有していることを前提に、その希望を実現すべく行動することを、社会行動分析の基本的な視座としてきた。しかし、現代社会、とくに最近の日本では、希望は与件であるという前提自体が崩れつつある。希望学は、この「社会科学の危機」とも言える現象に、正面からメスを入れようとしているのである。

ここで直視しなければならないのは、『希望学』がよく売れる背景には、日本社会で種々の格差が拡大し、将来へ向けての希望が失われつつあるという、厳しい現実が存在することである。格差は、個人間、所得階層間、地域間、産業間、企業間など、さまざまなレベルで広がりを見せている。

これらの格差について東大社研は、希望学プロジェクトにおいて幅広く掘り下げているが、地域間格差に関しては、プロジェクト全体の重要な柱の一つとして、釜石調査を進めている。そのひとまずの成果をまとめたものが、『希望学』シリーズの第二巻・第三巻として5月と6月に刊行された、『希望の再生──釜石の歴史と産業が語るもの』と『希望をつなぐ──釜石からみた地域社会の未来』である。なお、筆者(橘川)は、2007年3月まで東大社研に在籍していたこともあって、スタート当初から希望学の釜石調査に参加している。