私が作りたかったのは、父親が働けなかったような会社

「私の動機は、父の惨めな姿です。父は生涯を通じて30もの酷いブルーカラーの仕事につき、不安定な生活しか送れなかった。教育のない人間にはチャンスが与えられなかったのです」と、シュルツは言います。こういった記憶がシュルツを動かして、パートタイムの従業員にも健康保険の権利を与えることにつながったのです。

「このことはスターバックスの文化や価値の形成に、直接つながっています。私が作りたかったのは、自分の父親が働くチャンスを生涯得られなかったような会社です。従業員が大切にされ、かつ尊敬され、出身地・肌の色・教育のレベルを問わない会社です」

貧しい家庭出身の人たちのなかにはそうでない人もいるのですが、シュルツは自分のルーツに誇りを持っています。過去25年間で大成功した事例のひとつに挙げられている彼のビジネス創造の動機は、間違いなく人生経験にありました。

しかし、自分の人生経験の意味を理解するために、彼は考えを深めなければなりませんでした。というのは、彼も自分の過去にまつわる恐れや幻影を避けて通ることはできなかったからです。

父親は「チャンスも尊敬も得られない」と愚痴をこぼした

ブルックリンの街の風景がシュルツの心に焼きついています。自分が育った公営アパートへ娘を連れて行ったとき、彼女はその荒れはてた建物を見て、「どうやって、こんなところで、グレもせずにまともに育ったの?」と、驚きの声を上げました。しかし、ブルックリンで育った経験こそが、ほとんどすべての人といっていいくらい、誰とでも良い関係を結べる人間にシュルツを育て上げたのでした。

彼は少しブルックリン訛りのある言葉で話し、イタリア料理を楽しみ、着心地よさそうなジーンズのいでたちで、どんな人たちにも敬意を払います。自分がどこの出身かということを忘れず、富をひけらかすこともしません。「その日暮らしをする人たちに囲まれて育ちました。望みもなく、休む暇もない人たちでした。その経験は決して忘れません。決して、です」

「幼いときの記憶で、アメリカでは自分がやりたいことは何でもできるのだ、と母に言われ続けたのを覚えています。それが母の信念でした」。一方で、父親はシュルツにまったく逆の影響を与えました。トラックやタクシーの運転手、工場労働者として働いても、年俸が2万ドルを超えることは1度もありませんでした。チャンスも尊敬も得られないと、父親が愚痴をこぼし取り乱していく姿を目にして育ちました。