さて、そんな風にぽつりぽつりと質疑応答が続き、女性の新人記者が高倉さんに相対していた時、いかにも軽薄といった感じの中年オヤジが部下を引き連れて突然、部屋に入ってきた。そして、いきなり、「健さん、先日はお世話になりました」と大声でしゃべりかけたのである。おそらくどこかのテレビ局の人間だった。彼はそのまま高倉さんのそばに寄っていこうとしたが、記者会見中だったことにあらためて気づき、入り口で足を止め、ニコニコ笑っていたのである。そして、こりもせず、「健さん、さあ」と部屋の中央にいる高倉さんにふたたび話しかけたのである。

誰もが「バカだなあ」と思って成り行きを見守っていた。高倉さんはその男を見た。あいさつでもするのかなと思ったら、そうではなかった。男の方を振り向いて、一言も発することなく、頭のてっぺんからつま先までじっと視線を這わせた。それだけだ。しかし、目は合わせていない。全身を見ただけだ。

「高倉さんは、相当、怒っている」

誰もが感じた。軽薄オヤジもさすがに空気を読んだようで、こそこそと部屋から出ていった。

部屋から男が出ていったのを確認すると、高倉さんは女子新人記者に顔を戻し、微笑しながら「先ほど、なたがお尋ねになった件ですが……」と話を始めた。

彼は怒鳴ったりしない。怒りを表明することもない。黙って、じっと見る。それが怒りの表現だ。

実際、わたしがある人から聞いたエピソードもこのことを裏付ける。

「あのね、野地ちゃん、高倉さんを怒らすとそれは怖いよ」
「どうしてですか?」
「とにかくしゃべらないんだ。ある男に怒ったことがあった。身近な仲間と言ってもいい。高倉さんについて、余計なことを言ったらしい。これまたある仲間に対して、そいつは『健さんがお前のことをほめてたから感謝するんだぞ』と居丈高に言ったらしい。それで、高倉さんは怒った。だが、文句を言ったりはしないんだ。何もしゃべらないだけだ。余計なことを言ったやつとは顔は合わせる。たまに食事もする。しかし、一言も口を利かない。顔を見ながら一言もしゃべってもらえない。これはきついよ」

聞いてみたところ、高倉さんが怒った相手に口を利かなかった期間は1年以上も続いたらしい。