地質図作成用のフィールドワークノートとA4サイズのルーズリーフの2つを使い分けています。「地道にコツコツ積み上げる」ためのノートと「自由な発想を生むため」のノートと考えてもいいかもしれません。
地質図作成用のフィールドノートには、通産省(現・経産省)地質調査所のものを使っています。地質記録の取り方には、100年以上もの伝統が受け継がれた厳粛な決まりがあります。まず登山中に立ったままでも書ける小ぶりで堅牢な表紙、雨に濡れても破れない丈夫な中紙であること。加えて、必ずペンのインクは「墨(汁)」です。墨は炭素でできているので、未来永劫に残るのです。というのも、このノートが最終的に、調査結果を確実に記録・保存し、研究用の一次データとなる原本になるからです。そればかりでなく、土地の地質調査の唯一の記録になったりもするので、消失や誤読を防ぐために記録様式を整え、確実に保存しておく必要があるのです。
このフィールドノートの直接のアウトプットは国が発行する地質図などですが、これは一つ完成させるのに10~15年という長い年月を要します。しかし、目的は決まっているので、時間をかけてコツコツ調査を続ければ確実に結果は出せる。色鉛筆の色にこだわったり、自分の主観を入れ込んだりする工夫をしていますが、基本的には、100年以上かけて積み上がってきたスタイルを踏襲しています。
自由に発想を広げるより、事実の積み重ねが重要なので、正確に記録したノートが不可欠なのです。私はこれを「保険仕事」と呼んで、自分の生活の基盤と考えています。
そして仕事にはもう一つ「勝負仕事」と呼ぶべきものがあります。10年取り組んだ結果がゼロになるか100になるか予想できない仕事のことで、自分なりの視点でテーマを設定する研究などがこれにあたります。
ノーベル賞級のアイデアなど、非常に優秀な人が100個考えても1個も当たらないものです。こちらは柔軟な発想や新しい視点が重要なので、頭を柔軟に使えるノート、つまり先に挙げたルーズリーフが適しているわけです。
ルーズリーフには、バインダーなどに綴じないで、そのまま何でも書き出します。関連資料があればコピーするか、切り取ってルーズリーフにホチキスで留め、しまうときはプロジェクトごとに分けてクリアフォルダに入れておきます。
発想としては、パソコンのデータの保存方法と一緒です。プロジェクトのクリアフォルダに、関連するルーズリーフや情報を入れるようにしています。ただし、パソコン自体はあまり信頼していません。フリーズしたり、データが消えたりと危険です。
ルーズリーフの良さはなんといっても出し入れが自由自在にできること。講演で話す内容や次の著作のアイデアなど、思いつくまま書いても、後から分類できるし、日付とページだけ記入しておけば検索に困ることもない。テーマがまとまってきたらホチキスで仮綴じし、保存するものはバインダーに移して、使い終わったものは捨ててしまえばいい。
ルーズリーフにはもう一つ、各ページを並べることで俯瞰できる良さがあります。たとえば「火山」というテーマから新しい研究成果をだしたいと考えたときです。
研究の範囲は、時間軸で考えれば、100年前、1万年前、10億年前。空間軸では、日本の火山から始まって、アジア、地球を離れて火星や金星の火山まで研究できる範囲はある。しかも内容は、それぞれの地層の状態、地形図、岩石の分析値まであるのです。それぞれに書きためておいて、テーマごとに取り出して、一望してみます。それぞれがバラバラだったテーマも、机上に並べてじっくり眺めていると、そこに一つの法則やストーリーが見えてくることがある。
仕事もノートもこうして二軸を組み合わせることによってうまく回転していくものです。自由な発想を大事にする一方で、着実に積み重ねるべき専門分野に関しては、専用のノートをつくっておく。この方法は、ビジネスの分野でも応用できるのではないでしょうか。
私は京都大学の新入生を対象に「地球科学入門」という地学の講義をしていますが、そこでまず生徒に話しているのが、じつは時間管理やノートのことなのです。知っている人と知らない人では、そのあとの人生の能率がまるで違う。
最後に強調したいのは「ノートに残さない」選択もあるということです。人間の行動を決定するのは、1割の意識と9割の無意識と言われますが、今まで説明してきたノートの使い方は意識の部分を高めるやり方。ところがノートにすべてを書くという行為は残り9割の無意識に蓋をしてしまう危険性があるんです。
私は大学の授業でも「僕の授業はノートをとらずに聞き流していいよ」とよく言うのですが、それは無意識の部分に刻んでほしいからです。おもしろいと思ったらまずは「感じること」を優先してほしい。無意識こそが創造性の宝庫です。究極のノート術とは、まずは「ノートをとらない」こと、といったら矛盾しているのでしょうか。