被告人が3つの大学を卒業した元公務員だった
住み込みでやっていたとび職や建設現場の仕事を失って以来、路上で数カ月間過ごした被告人は、厳しいサバイバル生活をしていたようだった。弁護人の質問に、失職理由をこう答える。
「高所恐怖症なものですから、とびの親方から使いものにならんと言われまして。工事現場の仕事は、(路上生活のため)睡眠不足で、いつも半分眠っている状態だったために、おまえなんか辞めろとクビになりました」
このようなやり取りから、ビジネスマンの読者は、自分とはかけ離れた世界の話だと思うかもしれない。たしかに、正社員であれ派遣社員であれ、定期収入がきちんとあり、それに見合う仕事のスキルを持っている人なら、おにぎり35個を盗もうとする気持ちなどわからないのが正直なところだろう。傍聴した筆者もそうだった。
だが、被告人が3つの大学を卒業した元公務員だと聞いたらどうだろう?
▼弁護人、検察、裁判長が被告人を励ます異様な光景
裁判ではどの大学に通ったかまでは明かされなかったが、もともとは役所に勤め、福祉関係の仕事をしていたという。勤務態度は真面目で、手話通訳の能力も備えているというから、やる気のある職員だったと思われる。
そのこともあるのか、裁判では珍しく、弁護人、検察、裁判長が、なんとかして被告人を立ち直らせようと熱いメッセージを送った。
「社会復帰したら、カッコつけずに仕事を探しましょう!」(弁護人)
「やり直せるはずです。どうしても困ったときは、相談に乗りますからきてください」(検察)
「生活が成り立たないからといって、他人の物に手を出さないでいただきたい。わかりますね。私はあなたに期待します」(裁判長)
異様だった。それ以前も、以後も、法曹三者が口をそろえて被告人を励ます場面に出会ったことはない。つまりそれだけ、今回の事件には同情の余地があるのだ。