【山本】マルクスは商品と貨幣のあいだには「命がけの飛躍がある」(『資本論』)と指摘しました。たとえばある商品をつくったとして、それがほんとうに売れるのか? つまり、お金に換えられるかどうかの保証はどこにもないわけです。商品が売れずに在庫になれば、たちまち経営が圧迫される。資本主義というのは、そこに「命がけの飛躍」がなければ成り立たないわけです。逆にいえば、その飛躍に成功すれば商品はどんどん売れて、膨大な利益を生み出す。書籍などもそうですね、私の本はあまり売れませんが(笑)、水野さんの本は何十万部と売れている。
【水野】いえいえ、思ったように売れない本のほうが圧倒的に多いですから(笑)。
コンテクストに説得力があれば、価格も上がる
【山本】いずれにしても、そこには価値の転換と飛躍があります。ベストセラーになる本は、本人や編集者が予想していた以上の価値の転換と飛躍を遂げる。絵画の値段もまさに価値転換と飛躍です。先ほどお話しいただいた木の枝とコンクリートでつくられたオブジェのような小さな作品ですが、原価は木の枝とセメントの値段だけ。せいぜい数百円といったところでしょう。それが作品になると商品としての価値に化けるわけです。
【水野】それは、その商品が投資対象になるからということが大きいのですか?
【山本】たしかにコレクターが作品を購入する場合、その価値が将来上がるという「期待」からそれを購入する場合もあるでしょう。その繰り返しで価格が上がっていく。ただしその「期待」が生まれるには、それなりの理由が必要です。
たとえば私が木の枝とコンクリートの作品を売る場合、「どうしてこれがこの値段になるのか?」という理由をきちんと説明します。そのアーティストがどんな人物で、現代アートにおいてどういう位置にいるのか。その作品が作者にとってどのような意味があり、それがこれまでのアートの歴史のなかでいかなる意味をもつのか。その作品の魅力がどこにあり、その価値が今後どう評価されていくかなどをこんこんと語るのです。
【水野】なるほど。そこには言葉が不可欠であり、その作品がどんな「コンテクスト(文脈)」をもっているのかが重要だ、と。
【山本】おっしゃるとおりです。たとえば、「かつて日本で誕生し、いまや世界的に評価されている芸術活動である『もの派』の一人で、しかもその作者が転機を迎えるきっかけになった作品である」とか「これまでの美術表現にはない手法を駆使した作品で、これからのアートの歴史を変えうる作品だ」という文脈が必要なのです。その文脈があるからこそ、人は作品に価値を見出し、それに見合う対価を支払う。