この事例の最大のポイントは、株式譲渡契約にオプションをつけたことです。

5年間で目標の売上高を達成できれば、ファンドがもつ70%の株式をオーナー家が買い戻し、逆に目標に届かなければIPOするか、ファンドとオーナー経営者側の株式を合わせて、どこかの事業会社に譲渡するという内容です。要は娘婿が社長としてやっていけるかどうかを5年間でテストするわけです。

チャンスをもらった副社長は、この提案に異論があるはずもありません。万が一目標に届かなくても大手企業に株式譲渡されるので、社員の雇用や待遇も守られるでしょう。ファンドはどちらに転んでも利益をあげることができます。

事業会社へのミニIPOでは、相手によっては細かなオプションをつけることも可能ですが、一般的にはファンドのほうが事業上の制約がないぶん、契約の自由度は高くなります。このケースでも、事業会社が相手であればM&Aは成立していなかったでしょう。

通常、事業承継はやり直しができません。かといって何もしないままでは、万が一、突然の病気で倒れたときなどに後手に回ってしまいます。結論を先送りしつつ、事業承継を半歩だけ進めておきたい。そんなときにファンドへの譲渡はとても役立ちます。

ここで、これまで全4回の内容をまとめておきましょう。

成長のための積極的な戦略

産業構造が変化して、ビジネスは異種格闘技戦の時代に入りました。そのため、従来の産業や業種の垣根を飛び越えて、それぞれの企業が「価値提供」「価値創造」「価値基盤」「価値情報」の4つの機能をもつ必要が出てきています。

そして、これら4つの機能を手に入れるのに効果的な手段がM&Aです。とくに中堅・中小企業やベンチャー企業は、買うM&Aにこだわらず、売るM&A、つまりミニIPOを視野に入れることで可能性がグッと広がります。

実際、大局観をもったオーナー経営者たちは、売るM&Aを起爆剤にして会社を成長させています。創業した貸し会議室の運営会社を40代で売却した社長、不動産仲介会社を同じく40代で売却した社長、第二創業で復活させた家業を売却した社長、さらにはファンドへの売却を選択した社長――。

それぞれの企業は、規模、地域、そして抱えていた経営課題も異なります。

いまや売るのは「守り」ではなく、成長のための積極的な「攻め」の戦略なのです。

竹内直樹 (たけうち・なおき)
株式会社 日本M&Aセンター 上席執行役員。2007年、日本M&Aセンター入社。2014年執行役員事業法人部長、2017年 ダイレクト事業部事業本部 兼 上席執行役員就任(現任)。入社以来、日本M&Aセンターが10年で売上が5倍となるなか、その成長を牽引し、100社を超えるM&Aを支援。産業構造が激変する現在、中堅・中小企業やベンチャー企業が一段上のステージへ成長するための支援を行う一方で、セミナーや講演を通じての啓発活動でも活躍する。著書に『どこと組むかを考える成長戦略型M&A──「売る・買う」の思考からの脱却と「ミニIPO」の実現』がある。