効果薄れた異次元金融緩和をめぐる対立

総括的な検証と合わせて黒田は、異次元金融緩和に10年物国債の利回りをゼロ近辺に誘導する長期金利の目標を導入した。伝統的な金融政策では中央銀行が操作するのは、短期金利で長期金利は操作できないと考えられていた。その点で長期金利を操作しようという政策も異例の政策なのだ。

これは事実上、日銀のさらなる国債購入に縛りをかけるものと言える。この枠組みでは、日銀の国債購入は、政府の国債発行の増減と表裏一体となり、金融政策は事実上、政府の財政政策に従属する形になった。

長期金利の行方を左右する最大のファクターは、政府が発行する「10年物国債」の量だ。政府が財政再建を進めて、国債の発行量を絞れば、長期金利は下落傾向を示し、財政の拡大を進めれば、長期金利は上昇傾向を描く。結局、長期金利をゼロ近辺に誘導するという目標は、政府の国債発行の動きに連動せざるを得ない。

銀行の収益にダメージを与えるマイナス金利の深掘りや、株価の価格形成にひずみを与えるという批判の多いETF(上場投資信託)の買い入れ拡大も難しいだろう。総括的な検証以降は、国債の購入規模も徐々に縮小しており、公式な宣言はないものの、異次元金融緩和は事実上、打ち止めとなり、出口に向けて舵が切られつつある。

このため黒田の異次元金融緩和に対して、一部のエコノミストや野党からも「アベノミクスの失敗だ」との批判は強い。日銀の有力OBも含めて、異次元金融緩和のデフレ脱却効果を疑問視する声は強く、日銀内にも黒田に金融政策に批判的な声は多い。

一方で、黒田の金融政策の理論的な基盤となったリフレ派の中には、逆に一段の緩和拡大を求める声もある。例えば、総務省が発表した7月の完全失業率(季節調整済み)は2.8%で人手不足はバブル期並みになっている。過去の経験からすれば、賃金上昇→物価上昇局面に入ってよいのだが、物価は安定したままだ。

このためリフレ派の中からは、事実上の失業率の下限とされる構造失業率は「2.8%よりさらに下だ」との見方もあり、追加的な金融緩和を通じて、さらなる失業率の改善、賃金の上昇を通じてデフレ脱却を実現できるとの指摘も出ている。「総括的な検証」で日銀が示した分析とは、大きく食い違う見解だ。 

21日の金融政策決定会合でデビューしたリフレ派の審議委員・片岡剛士が「緩和が不十分」だと指摘し、現行政策に反対票を投じたことには、こうした背景がある。

黒田は、総括的な検証や長期金利を誘導目標に設定したことを受けて金融政策の手足を縛られ、手詰まり状態に陥っている。さらに、伝統的な金融政策を重視する日銀OBからは一日も早く異次元金融緩和から出口へという圧力がかかり、黒田に近い理論的な背景を持つリフレ派からは、緩和不足を指摘されるという逆方向からの批判も受けている状況だ。

米連邦準備制度理事会(FRB)が、2008年のリーマンショック後に導入した量的緩和政策を終結、10月からは拡大した保有資産の縮小に舵を切る。欧州も追随して「出口戦略」に向かう方向だ。

こうした中で、日米の金利差に着目した、円安傾向が維持されており、グローバル企業の収益拡大効果に期待した日本株高が続いていることは日本経済にとっては追い風だ。しかし、世界的な景気拡大の流れが不況に転じた時、現在の枠組みを掲げている黒田は、追加的な金融緩和で景気を刺激する手段が、極めて限られている。