ところが、ミリオンクラブへの反面調査はなかなかうまくいかない。A氏とママが愛人関係にあるからだ。もし水増し請求がバレてしまえば、部長であるA氏はクビになってしまう。A氏は店にとっての大切なパトロンだ。売上への影響が大きいため、当然ママは「知らない」としらばっくれる。経費も巧妙に水増しして帳簿を付けているため、なかなか裏がとれないのだ。
不正の決定打となった「黒革の手帖」
事態は急変する。ミリオンクラブのママからのタレコミにより、A氏の水増し請求が明るみに出たのだ。よく聞けば、どうやらA氏がほかのクラブでお気に入りの女の子を見つけて、入れ込んでしまったらしい。それが原因でA氏とママはケンカ別れした。きっと逆恨みしたママが税務署にチクったのだろう。
不正の証拠はあるのか? ここで登場するのが、いわゆる「黒革の手帖」である。ミリオンクラブのママのように、不正に加担する側の人間は、のちの自己保身のために記録をつけていることが多い。いつ、いくら水増し請求をしたかを、事細かに記録していたのだ。A氏が不正を行っていた、という決定的な証拠となった。ちなみに、私は今年7月、フジテレビの『実録!金の事件簿 こんな奴らは許さない!』という番組にコメンテーターで出演した際、国税へのタレコミに関して「恋人と税理士は、きれいに別れたほうがいい」とコメントした。金の切れ目は縁の切れ目というが、男女の別れ方には特に気をつけたいものである。
ところで、今回取り上げたクラブは、毎年国税庁が報道発表している「不正発見割合が高い10業種(法人税)」の常連であり、ナンバーワンをキープしている。2015年事務年度(7月~6月が事務年度)の調査事績(2016年11月発表)によると、バー・クラブの不正発見割合は66.3%で、1件当たりの不正所得金額は1438万8000円となっている。ほかの業種と比べて圧倒的に不正が見つかる割合が高い。
バー・クラブの脱税はどこからバレる?
バー・クラブの不正の手法は、「売上除外(正しい売上を計上しない)」が圧倒的に多い。税務署の調査実施は無予告が原則になるが、初動調査では、売上伝票、ボトル台帳、ボトル現物(ボトルネックの名前や日付確認)、通帳、ホステス送迎記録、メモなどの「原始記録」の把握に努める。経営者が従業員に見せたくない書類もあるので、経営者自宅にも臨場して、ホステスの給与計算書や、取引企業への請求書つづり、通帳などを調査する。
売上除外をした場合、会計係数に異常値が出る。「売上-売上原価=売上総利益」だが、売上を除外すると売上総利益が下がるのだ。売上原価を不正に水増ししても、同じように売上総利益が下がる。そして当局は異常係数が出ると、売上除外、水増し原価または期末たな卸の除外を想定する。つまりすぐさま脱税を疑うのだ。