しかも、「改良した作業」とポナンザが「強くなったこと」が、将棋のプレイヤーとしての感覚からは大きく乖離していて、理詰めではその差を縮めることができません。うまくいった改良がどこでどう有効に働いたのか、全然わからないのです。

「改良」の成功率は2%以下

加えてこういった改良の成功率は、今までの経験則によると2%以下です。なんらかの改良をしても、強くなることが確認できるのは100回に2回もないということですね。

そんなわけで、現在のポナンザの改良作業は、真っ暗闇のなか、勘を頼りに作業しているのとほとんど変わりがありません。これは絶対うまくいく、と思った改良が成功しないことは日常茶飯事で、たまたまうまくいった改良をかき集めている、というのが実情です。そのため、たまたまうまくいった改良は、私から見るとますます黒魔術のように見えるのです。

黒魔術の1つ「怠惰な並列化」

なぜかうまくいった改良=黒魔術の具体例を1つ紹介しておきましょう。「怠惰な並列化」というものです。これは私が発見したものではありませんが、将棋・チェスのAI開発の界隈では有名な事象で、ポナンザもこれを取り入れることで格段に強くなった重要な黒魔術です。

そのために、まずは近年のCPU事情について解説したいと思います。少しだけ専門的になりますが、ご容赦ください。

皆さん、CPUという単語は聞いたことがあると思います。CPU は「セントラル・プロセッシング・ユニット」(Central Processing Unit)の略で「中央処理装置」という意味です。その名のとおり、PC全体の処理や計算をおこなう「頭脳」の部分ですから、その良し悪しがPCの性能に直結することになります。

ちょっと昔まで、CPUはものすごい速度で進化していました。18か月が経過すればCPU内のトランジスタ(網の目状の集積回路)の数は倍になり、性能が向上するという研究開発の流れが続いていたのです。ソフトウェアはその流れに乗っかるだけで、同じコードでも勝手に高速に動くようになるという状態でした。

ちなみに、将棋AIにおいて、コンピュータの処理速度は決定的に重要です。2倍速度が違えば、同じソフト同士でも7~8割の勝率で勝てるようになりますから、コンピュータ将棋の開発者も、ちょっと前まではフリーランチ(タダ飯)=ラクをしていても強くなれる状況でした。

しかしインテルなどのCPUベンダーの巨人たちは、10年前くらいにそれまでの延長線上でのCPUの開発に、ある程度見切りをつけました。性能の向上を支える集積回路の微細化に、技術的な限界が近づいてきたからです。