「そうか、悪いのは腰だったんだ」
「あの、おしりが……おしりの奥のほうが痛いんです」
私は少し恥じらいながらそう切り出した。
あれは24歳の時、会社員になって2年目の冬だった。私は、求人広告出版社の営業をしていて、毎日自転車で担当地域を回っていた。私の担当地域には坂道が多く、ときどき足や腰が筋肉痛になる。そのおしりの痛みもただの筋肉痛だと思っていた。しかし、1カ月、2カ月とその痛みは消えず、さすがに私も「これはただの筋肉痛ではないのではないか?」と思いはじめた。
「歩き方がヘンだよ」
会社の同僚に指摘されたのもこの頃だ。私は会社の昼休みに、会社近くの整形外科クリニックを受診した。
「椎間板ヘルニアですね」
その医師の言葉は予想外だった。「椎間板ヘルニア」が腰の病気であることはなんとなく知っていた。だけど、私が痛いのはおしりであって、腰ではない。そう訴えてみたが、それは腰からきているとの一点張りだった。疑問はあったものの、医師がそういうのだから受けいらざるを得なかった。
──そうだったのか、悪いのは腰だったんだ。これは大変なことになったぞ……。
まだインターネットのない時代。私は、書店で腰痛関連の本を立ち読みした。軟骨が出っ張って神経を圧迫しているのなら、治すのは手術しかないではないか。手術なんて絶対にいやだ。とにかくこれ以上悪化させてはならない。その日から、私の頭の中は「腰のこと」で占拠された。
目が覚めて、最初に思うのは「腰」のこと。朝はいきなり起き上がってはいけない。一度横を向いて、手をついてから起き上がること。それが腰への負担を減らす方法だ。顔を洗う時、モノを拾う時、靴をはく時、姿勢に気をつけ、布団のかたさに気をつけ、腹筋、背筋、腰にいいイス、カバンを持つときは左右均等に、それから、それから……。