朝日の無念さがにじむ表現
5月3日付の読売新聞は、メディアの政治部記者にとって衝撃だった。憲法施行70年の記念日にあたる3日にあわせて安倍氏の単独インタビューを掲載。1面で「憲法改正20年施行目標9条に自衛隊明記教育無償化前向き」と報じた。3日を前に、報道各社は安倍氏が「施行70年」の談話を出すと予想していた。しかし出なかった。おかしいと思っていたら、読売だけに載っていた、という展開だ。ライバル社はさぞかし悔しかったことだろう。
朝日新聞は翌4日付でこんな記事を載せている。「首相は事前にメディアにも対策を打った。4月24日夜、都内の料理店で、憲法改正試案を紙上で発表している読売新聞の渡辺恒雄・グループ本社主筆と食事。その2日後に(中略)同紙のインタビューを受けている」。
安倍氏と渡辺氏の会食をあえて報じたのは、ライバル紙・読売が、安倍政権のPR紙に役割を果たしていると皮肉りたかったからだろう。そんな表現からも朝日の無念さがにじむ。
メディア対策を練ったという点では、もうひとつ注目すべき点がある。政権がアドバルーンを上げようとする時、マスコミの単独インタビューを行うことはよくあるが、その手法は一長一短だ。長所は、報道するメディアが大きく報じてくれること。各社横並びで行うのと比べ「単独」なら扱いが大きくなるし、内容も好意的になる。
短所もある。報じた1社以外が、なかなか後追いしてくれないことだ。日本のメディアは直接取材した内容のみ報じるのが前提で、「読売によると」というような書き方は好まない。だからインタビューから外された社は、後追いしたくてもできない。結局、1社の読者以外にはメッセージが伝わらないことになりかねない。
「読売新聞に書いてあります」
今回も、同様のパターンになる可能性が高いと思われた。連休中でプライベート日程をこなしている安倍氏から「裏取り」するのは不可能に近いからだ。
ところが安倍氏は同日、改憲を求める集会にビデオメッセージを寄せ、読売に話したこととほぼ同じ内容を語った。おかげで新聞テレビは、後追い記事を出すことができ(もしくは出さざるを得なくなり)、全社がトップニュースで報じた。
単独インタビューの掲載日に、別の場所で同じ内容の発信をする――。今までなかった手法を使い、安倍氏は自分のメッセージを日本中に発信することに成功したのだ。
ここまで書くと「読売独り勝ち」となるが、実は読売も苦い思いをしている。安倍氏は5月8日の衆院予算委員会で、改憲提案についてしつこく質問され、逆ギレするような形で「自民党総裁としての考え方は、読売新聞に書いてありますから、それを熟読していただいてもいいのでは」と言い放った。野党は国会軽視と猛反発。流れ弾を受けるような形で、読売は「安倍政権と癒着している」という批判が高まっている。
5月3日のスクープを読売に奪われた他社も、スクープをものにした読売も、安倍氏に振り回された5月だった。