標的は「自衛隊」と「教育無償化」

安倍氏が改憲に思い入れがあるのは言うまでもないが、具体的にどの条文を変えるのかには、あまりこだわりがない。2013年の参院選の時は、96条の「改正要件」に手をつけようとした。その後は、緊急事態条項を加える方向に傾き、今度は「自衛隊」と「教育無償化」だ。節操ない、と言えばそれまでだが、その都度、多数派を得やすい項目を探しているのだ。

今回、「自衛隊」を言い出しきっかけは、意外にも2年前にさかのぼる。2015年9月、安全保障関連法が成立した。同盟国を武力で守る集団的自衛権を一部解禁する内容を含むこの法律ができたことで、安倍氏は「当分、9条はいじる必要がない」という考えだった。9条の解釈は一部変更され自衛隊の活動の範囲も広がったからだ。安倍氏は、その考えを自民党や公明党の幹部たちにも伝えていた。

それがどうして変わったのか。安保法案を審議していたころの光景がよみがえってきたからだという。15年夏ごろ報道機関はそれぞれに憲法学者のアンケートを行った。その結果、約9割が「違憲」と回答。リベラルなメディアは、これを根拠に法案への反対の論陣を張った。

「学者も合憲と判断するように改正する」

だが、そのアンケートの中で「自衛隊は合憲か、違憲か」という設問を行った社もあり、「違憲」と回答した憲法学者が多数派だった。当時、安倍氏や自民党幹部は、国民の多くが容認している自衛隊を、憲法学者が違憲としていることを取り上げ、学者たちが時代錯誤のことを言っていると、批判していた。

ところが今回は「憲法学者が違憲と言っているのだから、それを直せばいいじゃないか」と発想を逆転させたのだ。自衛隊は国民の間で定着している。しかし憲法学者は違憲という。ならば学者も合憲と判断するように改正すればいい、という3段論法だ。

安倍提案は、与党内にほとんど根回しはしなかったため、提案から1カ月近くたった今も永田町は大混乱している。公明党は、安保法の制定に付き合った際、安倍首相から「当分9条はいじらない」と言質を取ったと安心しきっていただけに、今回の提案は想定外。自民党ハト派も同様だ。

一方、改憲に熱心な自民党タカ派は、9条に手を入れるとの提案に当初は小躍りしていたが、「国防軍の保持」を明記した2012年の自民党草案と比べると、かなり後退している。うれしさも「中ぐらい」だ。