――ご著書では、西尾先生が実際に目にされた様々な遺体のケースを通じて、日本社会にある「格差」を描かれています。私の身近では聞いたこともないような壮絶な最期を迎える方が、実はたくさんいらっしゃることを知り、衝撃を受けました。

【西尾教授】「格差」というと少し硬い印象を持たれるかも知れませんが、たとえ経済的に困っていない人であっても、一人で亡くなることはありえますよね。メディアでは相変わらず「孤独死」をセンセーショナルに取り上げています。ですが、日本は「世界一の高齢化社会」であり、今後は独居暮らしがますます増えてゆく。未婚率も上昇を続けていますから、いずれ独居暮らしの末の孤独死は、ありふれた死になるはずです。

西尾 元●1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神地区における6市1町の法医解剖を担当している。

――確かに、人口の高齢化を考えると、これから孤独死は珍しいものではなくなりそうです。現在、孤独死をむかえるケースではどんな特徴があるのでしょうか?

【西尾教授】一人暮らしの場合、いわゆる孤独死で亡くなるケースは圧倒的に男性が多いです。女性の場合は高齢になるほど孤独死が増える傾向にある一方、男性は年齢の若い方が多いのも特徴で、50〜60代がピークになっています。私の印象ですと、独居暮らしでアルコール依存症等で亡くなっているケースは、ほとんどが男性です。女性に比べて男性のほうが、独居になると不摂生になりやすいのかもしれません。男性は、食生活も含めて気をつけたほうがいいですね。

――ほかには「死の格差」を感じたケースはありますか?

【西尾教授】家の中で凍死した方の遺体を解剖することがあります。北海道のような寒いところだけではありません。たとえば大阪でも家の中にいて凍死した人がいます。人間は体温が28℃程度まで下がると、不整脈が出て死に至ります。私が見た中では、貧しさゆえに満足な食事ができず、体内エネルギーが維持できなくて体温が徐々に低下し、凍死してしまった遺体がありました。

――大阪で凍死することがあるというのは驚きです。つまり、日本全国どこであっても、可能性はあるわけですね。

【西尾教授】そうです。これから夏に向けては、ウジのいる遺体が多くなってきます。死後数日も経っていれば、ウジは必ず発生するんです。完全に密室にしたつもりでもどこからかハエが入ってきて、まぶたや鼻の穴といった水分があるところに産卵します。

――季節を問わず日々遺体と向き合っていらっしゃると思いますが、年間でどれくらい解剖されているんですか?

【西尾教授】300体ほどです。臨床の医師のように直接患者さんの病気を治すのではなく、警察からの嘱託を受けて遺体を解剖しています。それらは大抵の場合、犯罪被害や孤独死などの「はっきりと病死と言えない場面」で亡くなった方々の遺体であり、「異状死体」と呼ばれる遺体を扱うのが法医解剖医の仕事になります。