取引で「強い立場」にいても、何でも望みどおりにできるわけではない。アメリカでは、裁判所が「弱者」を守るために長年にわたって積み重ねてきた判例がある。日本企業にも大いに参考になろう。

交渉で強い立場にいることは、濡れ手で粟の利益を保証してくれるわけではない。法的規範が3つの基本的なやり方で強いほうの行動を制約するおそれもあるのだ。

第一に、取引条件が一方的すぎると思われる場合には、裁判所は弱い側を守るために取引条件を不当とすることがある。第二に、裁判所は契約の中に弱い側に有利な新たな条件が暗に含まれている、と解釈することがある。第三に、強い側が交渉力を乱用するのを防ぐために、裁判所は手続き的な制約を課すことがある。

(1)取引条件を不当とする

裁判所は、自主的な売り手と自主的な買い手によって合意された条件に異を唱えることには消極的な姿勢をとってきた。しかし、交渉プロセスの結果が「非良心的」である場合には、裁判所が介入することがある。

1960年代の有名な裁判で、ワシントンDCの巡回裁判所の著名な判事、スケリー・ライトは、強い側に「不当に有利な」条件を受け入れるか拒否するかの実質的な選択権を弱い側が持たない場合、契約条件は拘束力を持たないことがあるという判断を示した。この裁判は、オーラ・リー・ウィリアムズという女性がウォーカー=トマス・ファーニチャー社と結んだ売買契約に関するものだった。ウィリアムズは7人の子を持つ貧しいシングル・マザーで、公的扶助を受けていた。彼女はウォーカー=トマスとの14件の売買契約により、同社からローンで買った家具のうちの1点の家具について支払いが滞ると、ウォーカー=トマスは売買契約書の規定どおり、彼女が買ったすべての家具を回収しようとした。

一審裁判所と二審裁判所は、故意に契約書を読まなかった者は悪い結果に至っても救済されないとした判例を挙げて、家具会社に有利な判決を下した。とはいえ、二審裁判所はウィリアムズへの同情を示して、「(ウォーカー=トマスの)行為はどれほど強く非難しても足りないものであり、狡猾な手口と無責任な商取引という重大な問題を提起している」と述べた。

この事件が巡回裁判所に持ち込まれると、ライト判事は、裁判所に契約実行を差し止める権限なし、とした下級裁判所の判決をくつがえし、事件を一審裁判所に差し戻し、契約条件が「非良心的」か否かを判断するよう求めた。

この裁判以来、学者や実務家たちは「非良心性」の理論を、雇用契約の仲裁条項(雇用主に有利な訴訟手続き条件から被雇用者を守る)、所有不動産内で生じた損害に対する賠償義務から不動産所有者を免除する義務免除など、多くの分野に適用しようとしてきた。

「非良心性」理論には、年月を経るなかで2つのタイプが生まれている。「手続き的非良心性」、すなわち交渉プロセスの不公正と、「実体的非良心性」、すなわち交渉の結果の不公正である。どちらの理論も裁判所がある種の契約条件を無効にしたり、契約全体を拘束力なしと判断したりすることを可能にするものであり、交渉戦略に大きく関わってくるものだ。