部屋に入って目に飛び込んできたのは、わずかな数の家電、テーブルと椅子、そして姿見──。コンテンツ制作会社を営む沼畑直樹さんが自宅兼事務所として使う都内1DKのマンションには、夫婦、娘の3人暮らしとは思えないほど、モノが置いていなかった。

「不便では? とよく聞かれますが、洗濯機や冷蔵庫など必要最低限のものはありますよ」

「昔から部屋を整理するのが好きだったり、荷物の少ない身軽な旅をしたり、モノが少ない生活を気持ちよく感じていたんです。でも家を購入してから所有物がたまり出して、何度か減らそうとしたけれどうまくいかなかった。それが数年前、妻が何気なく『モノを減らしたいね』と口にしたので、これはチャンスだと徹底して捨て始めたんです」“見えるところにモノを置かない”という目標を設定し、本、CD、自分の人生を変えた大事な雑誌も処分。数カ月かけて、持ち物を捨て続けた。今は部屋に1つだけある収納スペースも、家族の洋服、来客用の寝具、重要書類など、生活に必要なものが最小限納まっているだけだ。

片づけによる最大のメリットは、「何もしない時間の価値に気づいたこと」と沼畑さんは語る。

「モノが溢れていた部屋に住んでいた頃は、時間が空いたら英語の勉強やオンラインゲームを始めて、いかに無駄なく生活するかばかり考えていました。でもモノがなくなるとすることがなくなるので、日常の中でもの思いにふける時間が生まれる。それが自分にとって有意義な時間だと思えるようになったんですよね」

散財しないため、たまにする買い物は高価でもいい商品を厳選するようになるなど黒字家計にも貢献。家財道具の色調にもこだわりが生まれ、白と茶色で統一された部屋は静謐な空気が漂い、いるだけで落ち着く。こんな空間で取り組む仕事ははかどりそうだ。

ただしモノの少ない生活を志向しても、共に暮らす家族の所有物を勝手に捨てるわけにはいかない。沼畑さんの奥さんは夫の行為に一定の理解を示してはいるが、服を買うのが好きで、徹底的な片づけを望んでいるわけではない。どうすれば家族を巻き込めるのか。

「『そのほうが気持ちいいから』と想像力頼みで説得するのは限界があります。だから実際にモノをしまって、なくなると快適な状態であることを示していく。それで納得した妻はソファを捨てましたから。あと『買ってはダメ』と強要したらストレスになるので、『服を買ってもいいから、買った分捨ててね』とお願いしています」

さらに世代が上になると、モノを捨てるのはもったいない価値観が強く、片づけを働きかけるのはいっそう難しくなる。高齢の親世代に対しては、「こんなにモノがあったら地震が起きたとき、倒れてきて危険。孫がケガするかもしれないよ」と現実的なリスクを提示するのが、有効なアプローチだという。

「モノを減らしても不便でないような気がしたら、ぜひ一度試してみてください。いろいろそぎ落として『モノに縛られなくても生きていける!』と思えることは結構な快感。捨てることで、人生に何らかの変化が訪れるはずです」

沼畑直樹(ぬまはた・なおき)
ミニマリスト、コンテンツ制作会社テーブルマガジンズ代表。2013年、佐々木典士氏とともにブログサイト《ミニマル&イズム(minimalism.jp)》を立ち上げる。著書に『ハテナシ』『ジヴェリ』ほか。
(文=鈴木 工 撮影=的野弘路 沼畑 直樹)
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