長屋にとってヤマハ発動機の造る二輪車やボートの製品の魅力は、「扱いづらそうでありながら、何故か引き込まれる」という世界観にあった。だが、社員の多くは「ヤマハらしさを追求する」と口癖のように語る半面、それを具体的に定義できていなかった。そこで彼は会議のメンバーから出された要素をまとめ、これまで曖昧だった「ヤマハらしさ」を次のように定義した。

常識にとらわれない新たな発想で感動を生み出す「発」、信頼性や安心感を土台とした操る喜びを表す「悦・信」、魑魅魍魎のように人を惑わし、ひきつける力である「魅」、製品をユーザーに結びつける「結」――。

現状のバイクだけでは「3兆円」には届かない

「経営の効率性を考えれば、組織のユニット化や全体最適は確かに進めるべきです。でも、僕らの製品はコモディティ化してしまうと、自分だけの商品、必要がなくても欲しい、というお客様の目的から逆行してしまう。いわば効率化とデザインの強化はヤマハがヤマハであるための両輪なのです」(長屋)

たとえば、近年の同社を代表する製品に、XSR900というモーターサイクルがある。これはスポーツモデルのMT09と同じプラットフォームを採用しながら、「ネオ・レトロ」という新たなスタイルを提案したものだ。

特徴は部品やフレームの共通化と同時に、タンクのアルミカバーやシートといった様々な部品にクラフト化したものを使用したことだ。一見すると確かにMT09とは別物の世界観があり、ドイツの権威あるデザイン賞「レッド・ドット・アワード」で最高賞に選ばれるという高い評価を受けた。

「量産化とクラフト化を組み合わせ、合理性と唯一性のバランスが合致した一つの例だと思います。オートバイやボートというのは、先進国の消費者にとってはなくても困らないものです。それをあえて買うのは、『魅』の部分にどうしようもなくひきつけられてしまうから。先行開発を前のめりで進めながら、そうした気持ちを呼び起こす世界観をつくっていくこと。それが僕らの使命です」(長屋)

昨年12月、デザイン本部長の長屋の指揮のもと、総工費21億円をかけて磐田本社の敷地内に「イノベーションセンター」という新たな開発拠点を建てた。5階建て延床面積8634平方メートルの建屋内には、広大なクレイルーム、屋外からの採光を活用したプレゼンテーションスペース、最新のバーチャルデザイン用設備などが備えられ、デザイナーとエンジニアがともに製品開発を行える工夫が凝らされている。「デザイン」へのヤマハ発動機の「本気度」が窺える施設だろう。

(左)総工費21億円をかけたデザイン拠点「イノベーションセンター」。(右)スポーツタイプMT-09とネオ・レトロXSR900