では、現在のヤマハ発動機はそうした設備投資の先に、どのような未来を描いているのだろうか。

リーマン・ショック以後のV字回復を実現した社長の柳は近年、次のステージとして「ひとまわり、ふたまわり大きな個性的な会社へ」という言葉を社内外で繰り返し語っている。

同社の16年12月期の売り上げは約1兆5000億円、全体の6割が二輪事業、2割が船外機・ボートなどのマリン事業で、残りの2割を四輪バギーやスノーモービル、ゴルフカート、産業用ロボット、FRP技術を活用したプール事業などの幅広い事業が担っている。海外売り上げは9割に上る。

「為替と市場が安定するという条件があれば、2兆円まではいまのビジネスで成長できる」と柳 弘之社長は語る。

「しかし、そのさらに先、たとえば3兆円という規模となると、新しい何かが必要です。イノベーションセンターもその一つですが、その実現のための研究開発にはしっかりと予算を投入し、力を入れています」

キーワードとなるのは「広がるモビリティ」というテーマだという。

三輪バイクに込めた「四輪参入」の可能性

日本では初めて商品化されたフロント二輪の三輪バイク「トリシティ」は、そのテーマを象徴する一つの製品だ。

開発責任者である海江田隆は「トリシティが企画された経緯に『ヤマハらしさ』を感じた」と言う。

表面実装機や産業用ロボットを担うIM事業部にいた彼が、新事業を企画する会議(「タスク」と彼らは呼ぶ)に呼ばれたのは、柳が社長に就任した直後の2010年3月のことだった。会議のメンバーはエンジニア、営業、企画、デザイナーなど様々な部署から選ばれ、年齢構成は主に20代から30代の若手社員だったという。

「総務部から紹介された倉庫裏に、椅子や机、コピー機を運び込んで新しい事務所をつくったんです。集められた社員は各部署の『エース級』と言っていい若手でした。新事業をトップダウンで考えず、経営陣が自ら主導して若手を集めて新事業を考えさせた。そこが『うちらしいな』と感じました」

約20名の会議メンバーは3つのグループに分かれ、ASEANや先進国を中心とした市場調査を行った。彼らは実際に現地での調査も行い、10個の提案をレポートにして経営陣に提出した。フロント二輪の三輪バイク「トリシティ」はそのうちの一つで、「ヤマハの作り出す未来像の一つ、より安全で快適なモビリティのあり方として提案されたもの」だった。