支店長を増長させる「事なかれ主義」
なぜ銀行員は「ひとりよがり」と思えるマナーを守るのか。それを理解するには、銀行員の性質をもう少し知る必要があるでしょう。
銀行員の人生において最初の目標は、支店長になること。その次は取締役。その次は経営会議のメンバーである常務。そして最後はトップである頭取を目指します。出世の入り口といえる支店長は、まさに一国一城の主です。本店からは、その支店で何をやっているのか、支店長がどう振る舞っているのか、まったく見えません。支店長は、支店では神様みたいなものです。
私は87年4月に、渋谷東口支店に支店長として赴任しました。ある打ち上げの席で部下から「前の支店長と全然違います」と言われました。なんでも前任の支店長は打ち上げで、あらかじめ全員集合させておくだけでなく、部屋の中で待つことすら許さず、全員を部屋の外に立たせていました。そして支店長が到着すると、全員で頭を下げて「今日はごちそうになります!」と言わせていたそうです。
滑稽なことですが、触らぬ神に祟りなし。支店長がそう望めば、部下は率先して動いてしまう。銀行員の本質とは「事なかれ主義」なのです。
「長幼の序」を破れば出世の道は閉ざされる
私はそんな振る舞いをしたくなかったし、できませんでした。ただ、銀行員の規範のなかで、「初歩の初歩」といえるものは守るようにしていました。それは入行年次と出身大学を覚えることです。銀行では1つでも年次が上であれば、相手は先輩となり、絶対服従です。「長幼の序」は絶対に守らなければいけません。
銀行員にとって、年次がどれほど重要なのか、よくわかるエピソードがあります。住友銀行副頭取や住友不動産社長を歴任した安藤太郎さんと、「住友銀行の天皇」と呼ばれた元会長の磯田一郎さんの話です。年次は安藤さんが1つ上、つまり銀行では先輩になります。しかしあるとき、磯田さんは安藤さんを「安藤君」と呼んだことがあり、それに対し安藤さんは長年腹を立てていたそうです。
「呼び方ぐらいで大人げない」というのが世間の感覚なんだろうと思いますが、銀行員の感覚ではあり得ない所業です。役職に、はっきりとした差がある場合は別ですが、立場が微妙なときは、長幼の序をしっかりとわきまえないと痛い目に遭います。たとえ同じ専務でも年次が上の人を立てないと、「あいつはわかっていない」とバツがつく世界なのです。