創造性を刺激する「マニュアル」とは

もうひとつ大事なのが、「『型』をつくる」こと。私は1992年から「能率手帳」(150×90ミリサイズ)を愛用しており、一度も変えていません。記載ルールも、「M」はミーティング、「飲」は飲み会と、20年以上同じです。

筆記用具も同じものを使い続けています。予定は頻繁に変わるので、記入はペンではなくシャープペンシル。濃く書きたいので芯はBの0.5ミリ。消しゴムは、細かい字を確実に消せるので無印良品製のノック式ペンタイプ。これは生産終了品なのですが、一生使えるように30本ほどを最後にまとめ買いしました。

(左)愛用のシャープペンシル(B、0.5ミリ)とノック式消しゴム。いずれも無印良品製。(右)手帳の「型」は20年以上同じ。

このように、私には手帳の「型」がありますが、実は「ムジグラム」の考え方も同じ。マニュアルに書かれた「型」を厳格に守って実行することが、業務全体のクオリティを底上げすると考えています。

「業務のマニュアル化」は、当時社内で大きな反発に遭いました。店舗を統括する7人のエリアマネージャー全員が反対するほどです。彼らは口を揃えて「マニュアルに頼りすぎると創造性がなくなる」と言いました。しかし私の考えは違いました。

スポーツでも小説でも芸術でも、すべてには基本があり、基本の上に創造性があります。基本なくして創造はありません。そして、この基本のことを「型」と呼ぶのです。

能の世界では、古典的な演目を名優が演じ、最後にひと工夫が入って新しい「型」が作られることを「型破り」と言って賞賛します。一方、「型」のない人は「形なし」とバカにされます。当時の社内では「型破り」と「形なし」を区別できていませんでした。

「ムジグラム」の仕組みは「形なし」を戒め、「型破り」を推奨するものです。より良いやり方があれば、内容をどんどん改訂していく。そのため「ムジグラム」は製本せず、差し込み式のバインダーになっています。現場からの提案は常に受け付けていますが、勝手な自己流は許さない。それが90点の店づくりを続ける要点なのです。

私は手帳の「型」を確立していますが、それは予定管理だけではありません。仕事上のひらめきがあったときや新聞や雑誌で印象深い言葉に出合ったときには、そのたびに手帳のメモ欄に書き込みます。書きためたメモは年に一度、PCに打ち込み、デジタルデータにしています。このデータは、毎年の経営方針を策定したり、対外的な講演をしたりするうえで、いまや大変有用な蓄積です。

また健康管理のため、会食で飲んだ日や日々の体重、血液検査の結果も、手帳で管理しています。私は食べることが大好きなので、30代から50代の頃に体重が80キロを超えていた時期もありました。今では反省し、暴飲暴食をしてしまったときには、すぐに食事管理やウオーキングをするようにしています。

会社組織にも「健康管理」が欠かせません。どんなに素晴らしい仕組みも、放っておけばダメになる。現場からの改善提案が減り、改訂がなくなれば、マニュアルは使い物になりません。「ムジグラム」では、現場のモチベーションを維持すべく、提案者への報奨金制度や改訂された箇所の見える化など、さまざまなしかけを用意しています。

経営哲学と経営者個人の仕事の進め方は不可分です。私の場合、それが「ムジグラム」と、20年来の相棒である手帳の使い方に表れているのかもしれません。

良品計画 前会長 松井忠三
1949年、静岡県生まれ。73年東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業、西友ストアー(現・西友)入社。92年良品計画へ。97年常務、99年専務、2001年社長、08年会長。15年に退任。著書に『無印良品は、仕組みが9割』『無印良品の、人の育て方』などがある。
 
(稲田豊史=構成 門間新弥=撮影)
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