朝練・居残りは無し! 放課後の2時間で結果を出す

また、全国レベルのチームだからといって、練習設備が全国トップクラスというわけではありません。さまざまな部活動がグラウンドを同時に使用するため、サッカー部であっても、通常の半分のコートしか使えないのです。いきおい、日本サッカー協会が推奨するようなトレーニングができず、自身の環境に合わせたトレーニングをすることに。しかも、部員数は約200人にもなる大所帯。これは大変ですね。

同校の監督・李済華さんは、自著『サッカー逆境の監督学』で、「制約があるからこそアイデアが生まれる」と持論を展開します。先生も生徒も、この環境を真正面から受け止め、どのようにすべきかを考え、前向きに取り組んでいるのです。

「トレーニングというのはコーチの管理下で行われるもので、肉体を酷使するものですし、集中力も必要です。子ども同士の遊びでサッカーをやったりするのなら何時間でもやっていいと思いますが、たとえば暑いなかで何時間も集中して激しいトレーニングを毎日していたら、子どもたちはいずれ潰れてしまいますよ」(同書より)

チームを強くするために長時間のトレーニングは不要。短い時間で効果的に指導するというわけです。しかも、それが詰め込み式ではないのが面白いところでしょう。

国学院久我山のサッカースタイルといえば、ここの選手がしっかりと連動し、パスを繋ぐスタイル。「美しく勝つ」がチームのスローガンとなっており、その華麗なサッカースタイルは、「FCバルセロナのよう」と評価されることも。昨年度の高校サッカーでも、そのスタイルを存分に披露し、結果を残していました。

サッカーは「ファンタスティック」な競技と表現する李監督。サッカーを上達させるマニュアルや教科書は世の中にたくさんありますが、それだけを学ぶのではなく、サッカーのもつ芸術性をむしろ優先するのです。

たとえば「ボールコントロール」とは、通常、地面にボールを置くことを意味します。その方が相手に奪われませんし、次の展開がしやすい。しかし、かのスーパースター・マラドーナは、ボールの浮いている状態のほうが強く蹴れるし、カーブもかけやすいので、「ボールコントロールできている状態」と考えていました。そして、「ボールが浮いている状態はファンタスティック」とも言います。

「ファンタスティック。この言葉の強さってあるじゃないですか。サッカーを教科書化してしまうと、そういうイメージの豊かさ、自由さというのがなくなってしまう」と、李監督もまた、マラドーナの考え方を同書で支持しています。自由な発想を尊重し、軍隊式な詰め込みをしないのが李監督の指導方針。

同校では、生徒に坊主頭を強制することもなく、試合に負けた罰としてダッシュを課す"罰走"などもありません。旧態依然とした部活動とは一線を画しており、李監督は「ザ・高校サッカーの時代は終わった」と語ります。

国学院久我山高校は、昨今、話題になりがちな「ブラック部活」とは異なる方法で、結果を残している好例と言えるのではないでしょうか。