イグ・ノーベル賞を受賞した実験

2017年1月に日本語版が発刊された『クラウド時代の思考術』(ウィリアム・パウンドストーン著・青土社)の第1部は、なんともマヌケな銀行強盗のエピソードから始まっている。

彼は真っ昼間に二つの銀行を襲ったが、マスクをしていなかったため、監視カメラに素顔がバッチリと撮影されていたのだ。

※写真はイメージです

警察はカメラの映像をニュースで流し、程なく通報があって容疑者宅で逮捕。容疑者は信じられない様子で、警察に次のように話したという。

「おかしいな、ジュースを塗ったんだが」

どうやら彼は、レモンジュースを見えないインクと勘違いしていたようだ。あなたも小学生のときに、レモン汁を絞って「あぶりだし」の実験をしたことがあるはずだ。レモン汁で書いた文字は、火であぶると浮かび上がってくる。それを知っていた銀行強盗は、レモンジュースを顔に塗れば、監視カメラに顔が映らないと考えた。

彼は「刑務所に入り、世界でもっともばかな犯罪者たちの犯罪史にも名を連ねた」。そりゃそうだろう。

が、このエピソードには続きがある。

コーネル大学の心理学教授デヴィッド・ダニングは、このマヌケな犯罪のなかに、普遍的な教訓があるのではないかと考えた。それは、知識や技能が低い人間ほど、自己評価が高い、というものだ。

この洞察を確かめるために、ダニング教授は、大学院生のジャスティン・クルーガーとともに、心理学を学ぶ学生たちに、文法や論法、ジョークなどのテストを実施し、各自の得点予想や他の学生たちに比べてどのくらいできたのかを自己評価するよう求めた。

結果は予想通り、いや予想以上だった。少々長いが、引用しよう。

<一番低い得点を獲得した学生は、どれほど自分がよくできたかを大げさに吹聴した。(中略)最下位に近い得点を取った学生たちは、自分の技量を他の三分の二の学生たちより、一段とすぐれていると予測した。
さらにやはり予想していたことだが、高い得点を獲得した学生たちは、自分の能力をより正確に認識していた。が、(聞いて驚かないでほしいのだが)もっとも高い得点を取ったグループは、他の者たちに比べて、自分の能力を若干低く見積もっていた>

未熟な人間ほど自己評価が高くなる。二人の研究が示したこの逆説は、「ダニング=クルーガー効果」という名前で広く知られるようになり、2000年には、世の中を笑わせ、考えさせてくれる研究に贈られるイグ・ノーベル賞を受賞した。