さて、介護者にとって一番辛いのは、身体的な疲労よりも、家族や親族の無理解である。
「周囲の言葉は、特に凶器になって介護者を追い詰める。介護をやらない人に限って、口を出したがる。手を出さないなら、金を出してくれればいいのにね(苦笑)」(渡辺教授)
渡辺教授のもとには、心身症の症状が出るまでに追い詰められた介護者がカウンセリングを受けに来る。
「それまでの家族関係のギクシャクが、一気に表面に表れてくるわけですよ。今の40~50代は核家族で育っていて、大家族の面倒くささを知らない。介護経験もない。モデルがないから、いきなりどろどろした現実を突きつけられ、パニックになりやすい」
認知症の親と同居していた介護者が、財産目当てのほかの兄弟から、家を追い出されたケースがある。兄弟が親に、介護者の悪口を吹き込んだのだ。離婚寸前までの仲だった夫が倒れ、介護せざるをえなくなった女性もいる。
本当に地獄なのは、介護そのものよりも、家族間の葛藤、人間関係だ。
「家族の痛みを共有し、共感できる専門家が必要です。介護経験のない医者は、介護ストレスで不眠やうつになった人に、病名をつけて薬を出して、それでおしまいでしょう。それだけでは何の解決にもならない」(渡辺教授)
渡辺教授は、カウンセリングに家族全員を呼ぶ。介護の葛藤の陰には、必ず家族の歴史があるからだ。だが何度呼びかけても来ない夫もいる。
「それが『歴史』、今までの夫婦関係ということなんですよ」
私の舅は、ホームに入った姑が亡くなるまでの10年間、一度として見舞いに行くことがなかった。それがふたりの歴史であり、夫婦関係の積み重ねの結果なのだ。そのひずみは周囲を巻き込んで、介護に暗い影を落とす。
人生はきれいごとばかりではない。泣こうがわめこうが、その現実からは逃れられない。ならばいっそ、それも人生の一部と受け入れてみてはどうだろう。社会的システムとしての介護は、まだ歴史が浅い。さまざまに情報を集め、自分なりの介護をつくる。積極的な考えが地獄から抜け出す一歩だ。