小野淳二さんの仕事を一言で説明するのは難しい。パンのイラストを中心に、パン屋の看板、広告、販促物や内装まで、パンのビジュアルに特化した仕事を幅広く引き受ける。おそらく日本で唯一のパン屋アーティスト、ビジュアルコンサルタントとも呼べる存在だ。
そもそも小野さんは、日本のウォルト・ディズニー社で版権ビジネスに携わっていた。40歳で取締役に就任し、仕事は「もう最高に充実していた」ものの、なぜか「次の20年は、ゼロから別の仕事を始めてみたい」という思いを強く持つようになった。そこで45歳でサラリーマンを卒業。時間をかけて自分が本当にやりたい仕事を探すことにした。
「興味を引いた新聞記事を切り抜き、ノートに貼る作業を半年間続けました。すると本心から好きなもの以外は、途中で面倒になり整理をサボるように。最後に残ったのが物づくりと食べ物関連でした」
とくに目を引いたのが、「国民生活白書」の記事だった。
「過去10年間、全世代で消費量が伸びている食材があるという。小麦粉でした。そこで真っ先に思い浮かんだのがパン。次の仕事はこれだと確信しました」
それから2年間、「パンとは何か」をひたすら突き詰めていく毎日が始まった。朝6時半からパン屋でアルバイト。夜は専門学校でパンを学ぶという二重生活。卒業後はパン屋を開くことも視野に入れていたが、自分で焼いたパンを記録に残すために描いていたイラストが、その後の運命を変えた。
「先生やクラスの仲間に見せたら、欲しいという人が殺到。就職課の人も「ヘタな写真より小野さんの絵のほうがおいしそうで、パン屋さんに説明しやすい」と言ってくれた。その反応を見て、これは仕事にできるんじゃないかと……」
だが、仕事として実入りを得るまでの道のりは長かった。イラストを持ってパン屋を一軒一軒回るものの、ほとんど門前払い。2000円で絵が初めて売れたのは、卒業して半年後。徐々に評判が広がり注文も舞い込んでくるようになったが、資料やPCなどの経費を上回る収入を得るまでには3年を要した。仕事が軌道に乗った現在でも、前職時に比べると収入は5分の1ほどだ。しかし、お金には代えられない充足感があるという。
「サラリーマン時代はひたすら結果を追い求めて働きましたが、今はプロセスを味わう余裕がある。ときに失敗もするけど、それを含めて楽しんでいます」