求められるのは「社会をよくする提案」
日本と比べ、ロビーが根づいている欧米においては、企業文化も異なる。たとえばフロンガス規制において、大きな役割を果たしたのは、政府ではなく、企業である。
フロンガスは冷蔵庫やエアコンの冷媒として開発され、それまでのものと比べると、熱的・化学的に安定した物質であったことから、夢の化学物質ともいわれて急速に普及した。ところが、このフロンが太陽からの紫外線を防ぐという重要な役割を果たすオゾン層を破壊していることが明らかになった。1987年に採択されたモントリオール議定書はオゾン層を破壊するフロンなどの化学物質の製造、使用を規制するものだ。この決定により、先進国では1996年までにフロン使用を全廃しなければいけなくなった。
この議定書採択のためロビー活動していたのが、世界的化学メーカーのデュポンだ。1970年代にオゾン層破壊が世界的な問題となった頃から、原因物質のひとつがフロンではないかということは指摘されていた。当初、フロンの特許を持っていたデュポンをはじめ、多くの化学メーカーは規制に反対していた。自分たちの商品が売れなくなるのだから、当たり前の反応といえるだろう。
ところが、あるときを境にデュポンは姿勢を反転させる。デュポン単体ではなく、オゾン層の保護を訴えるNGOなどとも連携しながら、オゾン層破壊物質の規制のための運動を展開したのだ。
自社が利益を上げている製品を、あえて自分で規制する。なぜそんな自分の首を絞めるような活動をデュポンははじめたのか。フロンが槍玉に挙げられ、国際的にフロン規制が盛り上がるのを見たデュポンは、このままフロンにこだわり続けていても、いずれは大きな声に負けてしまうことを悟ったのだ。そして、フロンに代わる代替物質の技術に力を注いだことで、フロンが禁止されたとしても、次は代替製品を売ることで利益を上げる見通しが立ったのである。デュポンは、代替案を考えず、社会への悪影響を無視する従来のロビー活動を行うこともできた。しかし、公益に資するために、他社に先駆けて新しい技術を開発した。
この話を聞いて「デュポンは代替物質を開発できたから、自社の利益のために世間を誘導したケシカラン会社ではないか」と思われるかもしれない。しかし、それは本当にそうだろうか。オゾン層は現に壊れていて、その原因物質がフロンガスであるということは明らかなわけだ。フロンの製造をやめて、よりオゾン層への影響が少ないものを新しい製品に使用することは、社会全体にとって益となることだ。もしもこのとき、デュポンがフロン規制に向けて舵を切らなければ、世界的な動きはより鈍かっただろう。そのぶんだけ、オゾン層は破壊され、より多くの有害な紫外線が降り注いでいたはずだ。
だからこそ、デュポンが「フロンガスは規制すべし」と主張しても、競争相手はノーとは言えない。「このままオゾン層が破壊されていくのを、手をこまねいて見ているつもりか」と言われれば、ほかのメーカーも「それはよくないことだ」と認めざるをえないだろう。このようにしてデュポンは自社の商品を売る前に、公益を前面に押し出したフロン規制運動を行った。それによって世界的なルールが作られ、結果として大きな需要を生み出すことに成功した。公益こそが成功するロビー活動の必須要件である。