進捗報告、来期の予算交渉、コスト削減提案、新規事業企画……数字で相手を動かすポイントを経営トップが指南する。

テロでの経験が経営者としての原点

私は常々社員に対し「最悪のことを想定して数字をつくれ」と伝えています。そう考えるきっかけになったのは9.11の米国同時多発テロでの対応経験にあります。

あいおいニッセイ同和損害保険 社長 鈴木久仁氏

当時は経営企画部長として会社の損害対応にあたっていました。発生以前から会社の規模に対して航空再保険の契約が多く、経営のリスクになると認識していました。航空保険は自動車保険と同様、主に航空機に関する対人と対物を対象にした保険で、一機の事故での損害額が莫大になる点が特徴です。そのため保険は数社の保険会社が分担して引き受け、さらにその保険に保険をかける再保険、さらに再々保険をかける契約構造を持っています。そのため、複雑な仕組みであるがゆえ、事故が起こった際は支払い責任の範囲を算定しづらいというのが実情でした。そんなリスクのある航空保険の整理に2年かけて取り組もうとした矢先、9.11の事件は起きたのです。

私はすぐに航空再保険の契約状況の把握と損害額の算出に取りかかりました。損害額を公表するまでは地獄のような日々でした。関わりのある保険会社や保険仲立人も多岐にわたり、その一つ一つを確認しながら自社負担分を算出。構造が複雑だったため確認作業も難航し、日を追って損害想定額も膨らんでいきました。算出までの期間が空いたことで市場での不信感も高まり、株価はテロ前の半分以下に。最終の損害額は約1500億円にのぼりました。

数字がわからない状態が最も苦しい。この経験から痛感したことです。損害額公表後は株価も回復をはじめ、最悪な状況からは脱することができました。

保険会社はリスク管理のために、大災害や事故、金融危機などを想定して損害額や対応をシミュレーションするストレステストを実施します。現在では当たり前の分析ですが、当時はまだ十分ではありませんでした。あのテロの経験以来、数字を見る際には日々最悪の状況を想定し、それがどう変わる可能性があるのか、その場合どんな対応ができるかを考えるクセがつきました。人はよいほうに考えがちですが、ビジネスを進めるうえでは悪い局面を想像し、数字として自分の腹の中に持っておくことが大事なのです。