父の介護経験で「死生観」ががらりと変わった
ただ、最近になって享年の一覧表を見るときの心境に変化が生じました。
父親の介護を経験した後からです。父は昨年89歳で亡くなりました。ガンを患い、何度かした手術が成功、寝たきりになる直前まで元気で、余生を十分楽しんでいました。これは医学の進歩のおかげです。
しかし、寝たきりになってから死までの期間の、まるで朽ちていくような急激な衰え方や、精神的に追い詰められていく姿は見ていられないくらい辛いものがありました。
介護が終わり、知り合ったその道の専門家に話を聞くようになりましたが、そのような現場を見続けているからでしょう。話が、医学の発達によって人が長く生かされ過ぎていることに対する疑問に及ぶことがよくあります。
また、長く介護をしている方々からは、その物心両面の辛さに、「正直、早く死んでくれないかと思うことがある」という話を聞いたことが何度かあります。
社会的には要介護人口が急増し、社会保障費がひっ迫しているという問題もある。人が長く生きられる時代になるにともない、多くの悲劇や不安が生じるというおかしな事態になっているわけです。
もちろん人が「死にたくない」と思うのは当然です。
死そのものが怖いですし、自分がこの世から消えてなくなるというのも辛い。だから日々健康に気をかけ、不調があれば病院に駆け込みます。医療だって、そのニーズに応えるため、精一杯のことをしてくれる。これも当然です。でも、それが行き過ぎてしまい、不自然なところまできているのではないか、とも思うのです。