いまやツイッターのフォロワー数33万人。世界陸上のメダリストで、ベストセラー『諦める力』の著者、為末大さんが、世界の問題から身近な問題まで、「納得できない!」「許せない!」「諦められない!」問題に答えます。(お悩みの募集は締め切りました)。
お悩みファイル15■過去の成功体験が忘れられません
契約が残り半年で、再就職の決まらない特任准教授です。ノーベル賞受賞者を10人以上輩出している世界のK大学の教職なのですが、世界的なポジション不足の煽りを受けております。前職は世界の自動車メーカーTで僅か1年ですが、80%の能力でも仕事を十分にこなせた自負があります。4年前くらいは、一緒に仕事をしようと声を掛けてくれる人は沢山いたのに、今では誰も寄り付きません。先般、所属する研究室の教授から地方大学の特任助教を打診されましたが、むげに断ったことが悔やまれます。かといって、ここ1年半再就職活動をしても、既に20連敗です。論文数は10も届かないので、わがままが言えないことは理解していますが、これまで栄光の道を歩んできたのでプライドを曲げることができません。どうしたらよいでしょうか。(男性・大学特任准教授・39歳)

僕は学者のキャリアパスについて詳しくないのですが、これは、有名企業から有名大学に転職した研究者の人がさらに上を目指せるかと思ったら、なかなかポストがなくて当てが外れたという話なのでしょうか。不思議なのはこのストーリーの中でプライドの話が出てくることです。僕から見ると、プライドの問題というよりはただの意思決定のタイミングの失敗のように見えます。

シチュエーションはまったく違うのですが、なんとなく「昔モテていた人」を想像してしまいました。ふわふわと漂いながらいろんな人とつきあっているうちに、いつしか周りに誰もいなくなっていたというようなパターンです。おなじモテる人でも何かのきっかけでふわふわした生活に終止符を打って結婚するパターンもあります。違いはどこかの時点で「相手が求める自分のバリューとは何か」に気づくかどうか、だと思います。

この相談者の方は39歳ですが、雇う側にとっては「さすがに39歳の人にこんな仕事はさせられない」といったところもあるのでしょう。「4年前くらいは、声をかけてくれる人は沢山いた」ということですが、35歳くらいまでだったらポテンシャルベースで「あの人は伸びそうだ」とか「なかなか優秀だ」くらいで採ってもらえます。でもそれ以降は「どんなことをやってきたか」という実績がまず問われます。

転職活動が思うようにいかないのは、いままで「自分が圧勝する試合」ばかりに出てきたということの裏返しとも考えられます。「ノーベル賞を10人以上輩出する世界のK大学」に所属し、「世界の自動車メーカー」で働いた経験があるとはいっても、そこで「勝てるか勝てないかわからないレベルの試合」に出て結果を出したのでなければ、それは自信にはつながりません。ただ、「世界の○○」という「プライド」だけが残ります。たから「地方大学の特任助教」のポジションをむげに断ってしまう。

プライドの問題は、これまでの人生をゼロリセットして「さあ、スタート」、とやれば全部解決するのですが、これは言うほど簡単なことではありません。アスリートの世界だと、毎回実力が目に見えるかたちで出るので、そのたびにこれまでの実績も含めてゼロリセットになります。どんなに強い人でもその試合に負けたら負け。それを受け入れて次のレースでどうやったら勝てるかを考えます。

ちょっと乱暴なアドバイスかもしれませんが、これまでの自分だったらまず選ばなさそうな道にあえてとびこんでみる、というのはどうでしょうか。これまでの肩書、つまり自分のプライドのよりどころになっているものをゼロにしたうえでどれくらいできるか試してみる。ある種の充電期間です。もしかしたらこの人は、「レースを降りちゃおしまいよ」と思っているのかもしれなくて、だから「こんなはずじゃなかった」と思いながらも人の誘いや紹介を素直に受け入れられないのかもしれません。それを「これまで栄光の道を歩んできたというプライドのせい」と自己分析されているわけですが、「栄光の道」というのは大げさだし、何より曖昧です。自分が思っている「栄光」とは一体何なのか、もう一度問い直してみてください。今の延長上で次の仕事を選ぼうとすると、同じような悩みが続きそうな気がします。

為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)、Xiborg(2014年設立)などを通じ、スポーツ、社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。
http://tamesue.jp
(撮影=鈴木愛子)
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