「負担の分配」が求められる時代に

ところが、バブル経済が崩壊した90年代以降、平時から有事へと環境が激変した。景気テコ入れのための財政出動の繰り返しで国債発行残高は増加の一途をたどり、自民党政権は同時に住専問題などバブル崩壊の後処理に追われることになるのである。

93年の細川連立内閣の誕生を契機に、大蔵省と自民党の関係に亀裂が生じた。小沢一郎(細川政権誕生の仕掛け人)-斎藤次郎(事務次官)ラインが徹底的に自民党を無視した結果、大蔵省と自民党が対立する事態となったのである。

2001年の省庁再編で大蔵省は金融に関する部門が分離され財務省に看板を付け替えたが、日本の政治システムにおける位置付けも変わった。税負担の増加、歳出削減による行政サービスの低下が避け難い中、「予算の分配」ならぬ「負担の分配」が求められている。高度成長期に機能した全会一致、ボトムアップ型の手法はもはや通用しないのである。

旧来型に代わる政策運営としては、小泉政権と安倍第二次政権の首相主導型が最たるもので、首相官邸からのトップダウン方式で経済政策が進められることになった。昨年4月の消費税増税後景気が想定以上に悪化したことを受け、安倍首相は再増税の延期を決定。再増税を既定路線としていた財務省の思惑が外れたことは記憶に新しい。

東京オリンピックの新国立競技場建設を巡るドタバタ劇を見る限り、いまだ旧来型の思考回路から抜け出せない人々が存在する。政権交代、首相主導をキーワードとする「平成デモクラシー」は、まだ緒についたばかり。財務省と政治の関係は、当面不安定な状況が続くことになりそうだ。

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