しかし、実際には信頼よりも目の前のお金を求める人が多いのが最近の風潮です。私は大学のキャンパスに行って学生たちと話す機会がありますが、残念なことにいまの若者たちにはセレブな暮らしにあこがれて金を求めている人が多い。修士や博士課程を終えて就職先を選ぶにしても、どうしても高収入が得られる職種とかお金の臭いがする仕事を志望する傾向があります。お金を稼いで、自分の身を守りたいということもあるのでしょう。それで、「若いときに金儲けなんか考えるのは、ロクなものにならない。金を追っかけてはいけない」と忠告してあげるわけです。金儲けを目的にしたら、多少のことならと悪いことをしてでも金を儲けたいと思ってしまうものです。これは人間の本性です。
次のような状況を考えてみてください。あなたがまさに出世の階段を上るかどうかの分岐点に差し掛かっているとき、ある問題案件を抱えていたとしましょう。このままだと、自分の会社に損失を与えて出世が危うくなる。でもちょっと工夫したら、取引先には悪いけど、自分の会社は儲かって、昇進が確実になる。――長いサラリーマン生活の中では、こんな局面にしばしば遭遇することがありますが、こんなとき、自分が出世をあきらめて、相手との信頼関係を取ることのできる人がどれだけいるでしょうか。出世やお金という目先の欲で突進すれば、人間は卑しい本性が現れてしまいます。
ですから私は、利益よりも信頼が先であることを常に意識してきました。私が商社で社長時代のときの話です。あるとき、日本の大学で学んだモンゴル人が支店長のモンゴル店を訪れて「君、何のためにいま、仕事をしているの?」と尋ねると、「はい、私は会社の利益の計画を達成し、さらにそれ以上の利益が出るように頑張ります」と。そこで私は「君の考え方は順番が違う。まず生まれ故郷のモンゴルの国のため、社会のため、人のためが前提だ」と諭したわけです。信頼が得られれば、必ず利益はついてくる。君が頑張って信頼を得られれば、やがては会社の財産にもなる。だから会社は君を大事にする。これが仕事というものだと教えてきました。