とにかく現場で働きたい伊藤さんは構わずに入社。1人の部下もいない「部長代理」として、いきなり周囲を驚かせる成果を挙げる。麻生内閣最後の補正予算で組まれた地方自治体のクラウド化の実証実験で、とりまとめ役の座を獲得したのだ。複数の大手コンサルティング会社が狙っていた案件で、伊藤さんの実力がなければなしえないことだ。

「実証実験とはいえ、テストで終わらせるつもりはありませんでした。参加した76の市町村で、45ほどはそのままクラウド化の本番に移行しました」

以来、ITbookは破竹の勢いで公共分野の新規開拓を続けている。「自治体クラウド」や「マイナンバー制度」に関しては相談や講演依頼がひっきりなしに来る。両分野では伊藤さんが第一人者と言って過言ではないからだ。

「前職を辞めるときに唯一捨てなかったのがお客さんたちとのつながりです。公共の情報システム分野で力のあるキーパーソンたちにずっと応援してもらっています」

思い返してみれば、前職で活躍していた頃もそのキーパーソンたちに見込まれ、支えられてきた。口コミで仕事が舞い込んだ。プロの職業人として築いた信頼関係は所属する会社が変わっても揺らぐことはない。

現在、ITbookの株価は伊藤さん入社時の30倍に上昇中だ。立役者の伊藤さんは副社長を経て社長に就任し、入社時は「こだわらなかった」年収は皮肉にも自己史上最高額に達している。

「でも、私自身は(自社)株を持っていませんよ。働いている目的はお金ではないのです。退職前に計算したら年収300万円あれば十分に生活できることがわかりました。私は日本を良くするために働きたい。クラウドもマイナンバーも行政の効率化に多大な貢献をします。様々な関係者に『あと5年、少なくとも3年は伊藤さんに働いてもらわないと困る』と言われています」

30歳と28歳の息子たちは「お父さん、いい加減に仕事を辞めたら」と呆れている。今年(2013年)は9月中旬時点で「正月から1日も休めていない」という父親の猛烈ぶりに驚いているのだろう。

前職より仕事を休めなくなったと苦笑いしながらも、伊藤さんは今日もアドレナリン全開で働いている。

(伊藤千晴=撮影)
【関連記事】
60代の保険プラン「定年後も働く」家計vs「ハッピー定年」家計
「20年後の65歳」に必要な貯蓄額
「5割は定年延長できず」定収確保の道
人事部長が激白! 再雇用されたのに61~62歳で「ポイ捨てされる」人の共通点
リタイア後に住みやすい町、日本一決定戦【1】