一方のユダヤ人について、「とにかく、既存の物事に従おうとしません。ルールは守るのではなく破ってしまえ、変えてしまえという感覚があります」と言うのは翻訳家の星野陽子氏である。
「成功したビジネスマンはもちろん、普通の人でも、今までと違うことをやろう、と考える習慣がついています。何かにつけて『それ、何でやらなきゃいけないの?』と言ってくる。面白いんですが、一緒に住んでいると大変です(笑)」
星野氏はイスラエル国籍のユダヤ人男性と結婚、義父の不動産投資の指南によって約6億円の資産を築いた。過去20年にわたって多くのユダヤ人と接した経験から、彼らが成功する所以をテーマとした研究を進めている。
「お金よりも時間のほうが大切。お金は際限なく増やしたり、貯めたり、借りたりできるんですが、時間はそれができないし、一度失うと二度と取り戻せない。ユダヤ人は『本当に希少な資源だ』とよく言っています」(星野氏)
星野氏の知己のラビ(ユダヤ教の聖職者)によると、「最もひどい犯罪は殺人。さらにひどい犯罪は自殺。精神的な自殺は身体的な自殺より悪い。時間をつぶすのは、精神的な自殺」だという。
「毎日、今日が『最初の日』と思え。毎日、今日が『最後の日』と思え」というユダヤの格言も、イスラエルの現状や彼らのたどった迫害の歴史を思えば説得力は十二分にある。
そんなユダヤ人の成功の源泉としてしばしば引き合いに出されるのがタルムード(口伝で語り継がれてきた聖典)だ。ただ、星野氏によれば、タルムードの文言で直接金儲けと結びつくものはほとんどなく、日本人にはピンとこない説話も少なくないという。
「むしろユダヤ人が小さいときから個々の説話について『これはどういう意味か』について話し合うことがディベートの訓練になっている。例えば、『あるラビが卵を食べていいと言い、別のラビが食べてはいけないと言った。これについてどう思うか?』という問いに対していろいろ意見を言わなきゃいけない。だから、絶えず考え、どうアプローチするかをいろいろな側面から考える。日本とは異なり、どんどん質問していったり、先生と違う意見を言うと褒められます」(同)
こうしてユダヤ人の多くは、長じるうちに様々な角度からあれこれアプローチをかけてくる、粘り強くタフな交渉人に成長していくのである。