一番厳しいときこそ自信と確信を見せる

――マクドナルドでの経験は、ベネッセの経営にどう活かされるのですか。

【原田】マクドナルドの10年間で学んだのは「ピープルビジネス」です。レストランビジネスは人。本部の社員よりも現場のクルー。クルーの満足度が直接業績につながる。投資すべきは人材です。振り返ってみると、IT業界では人材の話をしたことはありません。

これはベネッセのビジネスにすべてつながります。ベネッセの事業は、赤ペン先生、塾の先生、介護スタッフによる「ピープルビジネス」であり「現場主義」が必要です。変わらない限り、生き残れない。だからデジタル化に対応します。私は教材づくりの経験はありませんが、それ以外はすべてわかります。ベネッセの教材制作のレベルはとても高く、その点においては安心しています。弱いのは、ビジネスやデジタル化といった分野です。

――「原田流」の思考法の要点は。

【原田】私が常に考えてきたのは、お客さまのこと。「顧客は何を求めているのか」「顧客のためにヒト・モノ・カネをどれだけ戦略的に使っているか」。これは普遍的です。アップルでは販売店へのマージンを4分の1に圧縮し、その分を顧客サポートに回しました。その結果のひとつがアップルストア。マクドナルドでは作り置きを廃止し、「メイド・フォー・ユー」という注文を受けてから商品をつくるシステムを導入しました。そして、ベネッセでは、直接の顧客接点となる「エリアベネッセ」に投資します。全国500カ所を目標に、学びの相談窓口をつくります。

目的は顧客価値の向上です。商品の価値には、有形と無形のものがある。いまは有形の価値ではなく、無形の価値を高めているところが勝っている。レストランビジネスでも、ハンバーガーそのものより、利便性やスピード、つまり無形の価値が重要です。

ベネッセの価値も、実は教材の内容そのものにはありません。教材はどこにでもある。価値を生み出しているのは赤ペン先生や教材の編集者など学びへと導くノウハウを持つ「人」です。そういう無形の価値をどうつくるか。もっというと、情緒的・精神的価値をどうつくるか。それはずっと変わりません。

重要なことは戦略を描くことより、実行の質を上げることです。戦略には答えはない。目的や理念は不変でも、戦略は刻々と変わっていかなければいけない。一番難しいのは実行です。だから、一番厳しいときにこそ、自信を見せて、確信を見せて、ある意味では「ついてこい」というスタイルを採らざるをえないのです。

――経営者の最大の仕事は、次の後継者を見つけることだといいます。

【原田】その通りです。ベネッセでは40代の社員をどれだけ伸ばせるかが重要です。40代を伸ばしていけば、その中から必ず社長が出てくる。アップルのときも、マクドナルドのときも、後継者育成はなかなかうまくいきませんでした。ベネッセは日本企業です。はじめて日本企業で働いて、やはり日本企業には良い人材が集まりやすいのだと知りました。だから、今回は絶対に後継者は社内からつくります。私は人生の最後に、日本企業のグローバル化をやりたいと思っていました。ベネッセにはそのポテンシャルがある、必ず実現したいですね。

ベネッセホールディングス会長兼社長 原田 泳幸
1948年、長崎県生まれ。72年東海大学工学部卒業、日本NCR入社。80年横河HP(現日本HP)へ。83年シュルンベルジェ・グループに移り取締役に。90年アップル日本法人に移り、97年より社長。2004年日本マクドナルド社長、05年会長を兼任。14年からは代表権のない会長へ。14年6月より現職。
(國貞文隆=聞き手・構成 門間新弥=撮影)
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