記憶のターニングポイントは「ネット」と「文字」

岩波邦明さん

【岩波】今の時代って、覚えなければいけないかどうかは別として、昔よりも圧倒的にたくさんの情報に触れるようになっていますよね。そうしたことで人間の記憶力そのものに変化はあるんでしょうか?

【池谷】明らかに、記憶の役割は変わってきていますよね。2011年に、『サイエンス』という学術雑誌に「グーグル効果」という論文が掲載されました。グーグルで検索すれば、いつでも情報を調べることができるから、人々はものを覚えなくなった。だから記憶力は低下したけれど、その代わり目的の情報を引き出すのは上手になっている。もはや今は、記憶にウェイトを置くような時代ではなくなったというわけですね。

【岩波】ワープロのせいで、漢字が書けなくなったというのにも、ちょっと似ていますね。

【池谷】そうですね。僕が思うに、人間の記憶にとっての危機というか、大きなターニングポイントは歴史上2つあって、その1つはインターネットです。スマホって、百科事典を持ち歩いているのと同じでしょう。いつでも調べられるので、もはや覚える必要がない。 ワープロで漢字を忘れたと嘆くのもおかしな話で、書く必要がないから書けなくなっただけのことですよ。僕は、これからの小学生には、漢字の書き取りをするより、たくさんある同音異義語の中から正しいものを選ぶ訓練をさせたほうが、現代に合っていると思います。書き順を間違えたとか、はらいとかはねを間違えたら×というような教育を、いまだにやっているのはちょっとおかしいと感じるのです。

ちなみに、もう1つのターニングポイントは、文字の発明です。人類の歴史からすれば、文字がなかった時代のほうがずっと長くて、その頃は、すべての物事を頭で記憶するしかありませんでした。たとえば、聖書とかコーランなんかも、口伝でしたよね。 それが、あるとき文字が発明されて、人々は覚える必要がなくなってしまった。プラトンも「人は文字を発見してからものを覚えなくなった」と言っています。当時は「最近の若いもんは文字ばっかりに頼りよって、けしからん!」と憤っていた老人がいたのでしょうね。

【岩波】あははは(笑)。

【池谷】じゃあ、文字は悪者か、インターネットは悪者かというと、まったくそんなことはありません。ただ脳の使い方が変わってきているだけ。たしかに人類の記憶力は下がっているかもしれませんが、それはなにも悲観すべきことではないのです。