独法化で求められる「経営」の視点
大前経営塾にはビジネスマン以外にも多彩な塾生が集まってくる。たとえば、医師・医学博士で国立循環器病研究センター(国循)研究所血管生理学部長の沢村達也(47歳)である。
国循は、心臓移植や脳のマイクロサージェリー(微小血管吻合手術)などの先端医療で知られる病院だ。それと同時に、研究所では循環器病の原因解明や次世代の診断・治療技術の開発を進めている。沢村は研究所に在籍し、20年以上にわたり動脈硬化の研究を続けている。
「動脈硬化というのは、心筋梗塞であるとか脳梗塞の原因になります。たいていの患者さんは脳梗塞になってからあわてて病院へ行かれるわけですが、その前に数十年にわたって動脈硬化が進んでいます。その段階で予防しておけば心筋梗塞や脳梗塞を予防できます。だからその根本原理を調べたいと研究を続けているんですよ」
沢村は平易な言葉を選んで説明してくれた。
臨床の医師ではなく研究者。その道を選んだ理由が、沢村の人となりを語っている。
「一人ひとりの患者さんを診るとしても限りがあります。しかし、もし研究成果が世界中の人に使ってもらえることになれば、それこそ自分が死んでからも世の中のお役に立ちますからね」
一見無縁であるような大前経営塾に飛び込んだのは、5年ほど前に国循の独立行政法人化が決まったことがきっかけだった。
「独法化すれば組織としての自由度が上がります。それと同時に、『経営』の視点が必要になります。ですから、これを機に、経営や起業について勉強をしておくべきだと考えました。また、ビジネスは『生』ですから、いま起きている事象をもとにリアルタイムの判断が要求されます。その意味で、大前さんの分析や提案の速さ、的確さに触れたいという思いもありました」
沢村は坂田(前回参照)と同じ18期生。大前経営塾で学ぶだけではなく、12年5月には大前が引率する経営者向けのセミナー「向研会」の台湾ツアーに参加し、現地企業トップや馬英九総統に面会するという経験にも恵まれた。
「世の中のお役に立ちたい」と沢村は繰り返す。たとえば、沢村自身が発見した動脈硬化の予防物質を食品の形にして広めたいということだ。そのために食品会社との共同研究などを進めているが、より広く世間の人に摂取してもらうにはどういう形態をとるのがよいか。
「自分がどうやりたいかではなく、世の中がどうやって受け入れてくれるかという方向から考えなければいけない」
と沢村はいう。そのために、これからも貪欲に学び続ける。