芸人 増田英彦さん(ますだおかだ)

1970年、大阪府生まれ。関西外国語大学卒業後、広告代理店勤務を経て93年、岡田圭右とともに松竹芸能タレント養成所に入所。「ますだおかだ」としてコンビを組みデビュー。翌年、ABCお笑い新人グランプリとNHK上方漫才コンテストで最優秀新人賞を受賞。東京に拠点を移した2002年にはM-1グランプリで優勝を果たす。美声には定評があり、08年に自ら作詞した「淡路島」でCDデビュー。レギュラー番組を多数抱える一方、ドラマ、演劇に活躍の場を広げている。


 

僕は熱烈な阪神ファンですけど、それは亡くなった親父の影響なんです。デイリースポーツが毎日届いて、サンテレビの阪神戦がいつも流れている家庭でした。子供の頃の阪神はめちゃくちゃ弱くてね。あるとき、怒った親父から「今日で阪神ファンはやめた。おまえはこれをかぶれ」とヤクルトの帽子を渡されたことがあった。渋々、かぶって塾に行ったら、友達にさんざんいじられて。で、家に帰ると、親父はなに食わぬ顔でテレビの前で阪神を応援している。「なんでやねん」って。僕の阪神ファン人生における「空白の一日」ですワ。

その親父の名前、増田政夫を借りてCDを出したことがあります。淡路島生まれの親父の思い出を僕が詩にして、曲をつけてもらって。親父の人生を見つめ直す、いいきっかけになりましたね。親父はいろんな事業に手を出しては失敗し、家でボーッとしていることがよくあった。その頃は「仕事せえや」と思ったけれど、同じ父親という立場になって辛さや悩みが理解できる。毎朝、一緒に喫茶店に行っては飲んでいたほろ苦いコーヒーのおいしさや、愛用していた白いステテコの気持ちよさもようやくわかる年齢になりました。

歌舞伎町の「淡路島と喰らえ」は、僕が作ったその歌詞を壁に書いてくれている。淡路島の旨いもんが食べられるのでよく行きます。

「十喜や(※)」は前の家の近所で見つけました。12年前、東京に出てきたのと同じ年にこの店も開店して、「お互い、不安を抱えながら頑張ってきたなぁ」と親近感を感じる。まぁ、僕の勝手な想像ですけど。

デビューから数えて今年で21年。若い頃は全国ネットの番組に出たくて、ひな壇に座っているだけで嬉しかったけれど、今はローカルでもいいから企画から関わりたいという気持ちが強いですね。たとえば、関西ローカルのラジオ「夕刊ポエム」は、僕がポエムを書くのが好きいうことから始まった番組。笑福亭鶴瓶さんに「ええ番組やな。大事にせなあかんぞ」と言われて、自分の目指している道は間違ってないと確信できた。

漫才もM-1グランプリで優勝した頃より楽しくできます。相方の岡田は大学時代からの付き合いで、頑固な僕の性格をわかってくれている。面白い漫才をするための相方は、ほかにもたくさんいてるでしょう。でも、これまで続けてこられて、この先も頑張っていくには、岡田以上の相方はいないと思いますね。