いたずらに怖がる必要はないが……
一方、蚊による感染症の中でわが国に古くから存在するのが「日本脳炎」だ。豚の間で日本脳炎ウイルスが広がり、ウイルスを保有する豚を吸血したコガタアカイエ蚊に刺されると感染する。日本脳炎を発症するのは感染者100~1000人に1人とみられているものの、ひとたび発症すると、高熱、麻痺、意識障害を伴う脳炎を起こし20~40%が死亡する。回復したとしても45~70%に後遺症が残る恐ろしい病気だ。
東南アジア、南アジアを中心に毎年3~4万人が日本脳炎を発症しているが、日本では定期予防注射の普及によってほとんど流行がなくなり、ここ数年の年間発生数は10人未満になっている。しかし、日本脳炎ウイルスを持つ蚊は未だに発生しているそうなので、油断は大敵だ。
蚊による感染症で最も怖いのが、世界で年間2億人が発症し200万人が死亡しているマラリアだ。アフリカ、中南米、南太平洋諸国を中心に約100カ国で流行がみられ、日本でも流行地から帰国して発症する人が年間50~70人いる。
マラリアは、ハマダラ蚊に刺されることによってマラリア原虫が体内に侵入して発症する。熱帯熱、三日熱、卵形、四日熱の4種類あり、短期間で重症化しやすく死亡率も高いのは熱帯熱マラリアだ。典型的な症状は38度以上の高熱で、脳症、肺水腫、急性腎不全、出血傾向、多臓器不全、重度貧血、肝障害などの合併症が起き死亡することもある。
ただ、熱帯熱マラリア原虫を媒介するコガタハマダラ蚊は今のところ沖縄県の宮古・八重山諸島以外では生息が確認されておらず、国内で感染が広がる危険性は低いとみられている。マラリアにはクロロキンなど予防・治療薬があるのも救いだ。
マラリアはともかく、遠い熱帯の国の出来事だと思っていた蚊を媒介とした感染症は意外と身近であり、蚊が活発化する夏から秋にかけては今回のデング熱のように国内で感染が広がる危険性がある。海外へ行っていなくても、さまざまな感染症が流行している地域と日本の間を多くの人が行き来しているわけで、蚊による感染症は他人事ではない。
日本脳炎にはワクチンがあるものの、デング熱、ウエストナイル熱、チクングニア熱にはワクチンも特効薬もなく治療は対症療法が中心だ。どの感染症も人から人への感染はないのでいたずらに怖がる必要はないが、地域によっては10月~11月まで蚊は生息し続けるので、長袖長ズボン、靴下、帽子などでできるだけ肌の露出を少なくしよう。これからは毎年夏から秋にかけて、蚊に刺されにくい服装、蚊取り線香や虫除けスプレーでの蚊対策が欠かせなくなりそうだ。