要請「断る」手段を自ら捨ててしまう

日米安保条約の片務性を克服し、米国と対等になることは祖父・岸元首相以来の「宿願」だ。(時事通信フォト=写真)

安倍氏は2004年出版の『この国を守る決意』という対談本の中で、祖父の岸信介元首相による日米安保改定に触れつつ、集団的自衛権行使による日米安保の双務性(両国がお互いに相手国を防護)を完全なものにしていくのが自分の世代の「歴史的使命」だと発言している。

「恐らく首相はそれ(歴史的使命)を果たしたいのでしょう。しかし任務を与えられた自衛官たちは命を危険に曝すことになります。多国籍部隊の警護では他国の部隊の安全を優先せねばならない場面も出てくる。武装勢力と本格的な戦闘になれば相手は日本人を敵とみなし、海外にいる日本人の命が危なくなるかもしれない。だからやめろとは言わないがプラス、マイナスの両面が安全保障には必ずある。両面を俎上に載せて議論すべきなのに、バランス感覚が欠けています」(柳澤氏)

憲法解釈の変更後、米国からの集団的自衛権行使要請を断るのは至難の業となろう。「行使できるようになった以上、頼めば協力すると米国は期待する。期待値を高めておいて落とすのは外交上、一番下手なやり方」(柳澤氏)だからだ。

「憲法があるからここまでしかできないという理屈は、米国にも周辺諸国にも通用する。せっかく有利な手段を持っているのに自ら捨ててしまうことが果たして国益に合致しているのかどうか」

それでも安倍氏がどうしても集団的自衛権を行使できるようにしたいのなら、憲法改正の手続きを踏むべきだろう。

「政府が集団的自衛権を行使するなら、その任務につく自衛官が国民から支持される必要があります。解釈変更ではなく憲法を改正してほしい」

柳澤氏の指摘には説得力がある。

(時事通信フォト=写真)
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