午前2時「朝ですよ。起きてください」。声とともにきぬ擦れの音がする。外はまだ暗く、表の大通りからも物音一つしない。電気をつけて目をさまし、スエットとジャンパーを着こみ、軍手をはめて部屋を出る。
午前2時半。車道に車の影はなく、明かりのついている家もない。街灯だけが照らす道を自転車で走ること10分。新幹線のガード下に、1カ所だけ明かりが漏れている建物がある。ここが1週間お世話になる新聞販売店だ。店に着くと、1人、また1人とスタッフが集まってくる。
「おはようございます」
店内に少しずつ活気が生まれ、少し緊張した面持ちで新聞を積み込んだトラックを待つ。
「カネヤンは慣れるまで後ろで見とってください」
トラックが着くと、荷台からバケツリレーの要領で新聞の束が降ろされていく。新聞を束ねているビニールを外し、チラシを挟み込む。
私はてきぱき動く販売店員の間で何をしてよいかわからず、右往左往しているだけだった。
「ちょっとやってみますか?」
二つ折りの新聞を開き、チラシの束を挟む。ただこれだけの作業だが、寒さでうまく指が動かない。私が50部やり終えるまでに、岸田君は150部を入れ終えていた。
あとは新聞を自転車の前かごと荷台に積んで出発だ。新聞奨学生の配達部数はエリアによっても違うが、平均250部。総重量は多い日で70キログラムほどにもなる。私は運動経験がほとんどない。息切れしながら、自転車をこいで岸田君についていく。
「大変なのは最初の3カ月でした。その時期さえ乗り切ってしまえば、この生活が日常になりますから」
私の質問に答えながらも、郵便受けに新聞を次々に入れていく。その手つきには迷いがない。
「最初は順路表を見ながら入れていくんやけど、今はもう慣れたので、見なくても大丈夫」