※本稿は、菅原洋平『瞬発力の鬼 めんどうくさいを置き去りにする爆速メンタルを手に入れる方法』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
「午前中の会議の内容を覚えていない」
Gさんは、IT企業で管理職として働いています。6人の部下を抱え、自分の作業もこなしながら管理業務をしています。仕事では打ち合わせが多く、短いミーティングも含めると1日の会議が10件になることもあります。
「会議は基本オンラインなので、会議が終わった直後に次の会議が始まります。夕方頃になると午前中の会議の内容を覚えていないことも多いです。議事録や資料はAIで自動作成されているので内容はわかるのですが、振り返るのが負担で、自分の作業に着手する時間がなくなってしまいます」
業務の効率化によって、会議の申請や会議室への移動、会議中の資料配布や議事録の作成が省かれ、録画されているので聞き逃しても問題なくなりました。会議にかかる労力は激減したので、自分の作業に取り組む時間とエネルギーは手に入ったはずですが、Gさんは自分の作業に着手することができません。
「刺激→反応」の繰り返しが奪うもの
Gさんの行動は、「刺激→反応」の繰り返しです。過程が省かれたことが、作業に着手できないことと関係があるのでしょうか。
Gさんは、「夕方になると午前の会議の内容を覚えていない」と言っていますが、実際には、資料を見たり会議についての話をすると思い出せるので、記憶に問題はありません。Gさんが言っているのは、「自分で作業した感じが残っていない」ということです。この「自分で作業をした感じ」は、行為主体感と呼ばれます。行為主体感は、自分で時間を歩んでいる感覚のもとになります。
では脳は、どのような条件で行為主体感を得るのでしょうか?
「行為主体感」を取り戻せ
脳は何かの刺激を受けると、それに対する行動案を複数挙げて脳の深部にある大脳基底核に送ります。大脳基底核では、挙げられた行動案がいったん抑制され、その間に、案の中から最も望ましい行動が選ばれます。そして尾状核という領域が最良と判断した行動案の抑制を解除し、私たちは行動に移します。
このうち、行動案を挙げて最良案を選ぶ過程で、行為主体感が生まれます。つまり私たちは、効率化によって過程を省き、「刺激→反応」という行動を繰り返すようになったことで、「自分で作業をした感じ」である行為主体感を喪失したのです。
Gさんにこのことを説明し、行為主体感を取り戻す取り組みを始めました。
Gさんの行動を、「刺激→過程→反応」という流れではなく、「過程→反応→刺激」という順番に変えてもらいました。画面を見たり、会議が始まったりして刺激を受けたところから行動するのではなく、その前に、脳の中で先の展開を予測する過程を設けるのです。
具体的には、会議の始めに10秒間、画面から目を離して遠くを眺める時間を設けました。たった10秒ですが、始まる前に脳に予測させると、会議で確認しておくべきことや、関係しそうな出来事が浮かび、どんな展開になったらどこまで話そうかなどと想像することができます。Gさんは、この10秒の過程を設けることで、会議に追われる感覚から、会議に臨む感覚に変わりました。
「以前は、会議が始まってから『どんな話だったっけ?』と頭の中で記憶を振り返ることがあったのですが、最初に10秒心の準備をするだけで、会議にも集中しやすくなり、夕方になってもその日の会議の内容を覚えていられるようになりました」
まず脳に予測させ、そこで浮かんだことを行動に移し、周囲の反応を刺激として得る。すると、予測が更新されて考えが明瞭になり、うまく立ち回れる。このサイクルの方がラクに行動できるとわかったGさんには、仕事の様々な場面で10秒の心の準備を取り入れてもらいました。
デスクに座ってパソコン画面を見る前に頭で10秒予測して、浮かんだ作業に手をつけてからメールに対応すると、メールの文章の読み方が変わります。他人の文章に応じる読み方から、自分の作業に取り入れる読み方に変わるのです。
「自分の作業にどう役立つか」という視点
例えば、プレゼンの資料を作る途中でメールを見ると、別のミーティングで提案する資料の作成依頼が来ていたとします。これを見たとき、ゼロからメールを見ていた場合は作成依頼だと受け取りますが、自分の作業が進んでいる場合は、このミーティングが自分の目的にどう役立つかと考えます。この間に、脳内で複数の行動案が集められ、最良な案の選別がされています。
これがまさに、行為主体感です。「自分の作業にどう役立つか」という視点に立つことができると、外部の連絡は、作業を中断させる邪魔者ではなく、もっと大きな目標に向かう協力者になるのです。
作業が滞ったときにも「予測タイム」を
作業が滞り、気分転換をしたいと思ったら、画面から目を離したり、席を立ちましょう。そして作業を再開するときに、予測タイムを10秒設けます。作業の再開は、外部の刺激を遮断してオフラインにし、脳にゆだねましょう。
このオフラインリスタートは、1日のうち何回でも使うことができます。リスタートのたびに、行動を「過程→反応→刺激」の予測形式に変えることができます。トイレ休憩やコーヒーブレイクの後も、10秒の予測タイムから再開しましょう。
そしてここが大事なのですが、脳に予測させて浮かんだイメージをそのまま行動に移しましょう。「こんなふうに資料を作ったらいいかも」と浮かんだのに、いきなりブラウザを立ち上げてしまえば、予測は裏切られ、行動はたちまち反応形式になってしまいます。
最初の一手だけでいいので、脳の予測を裏切らずイメージしたまま行動すること。ここまでをワンセットにして、オフラインリスタートを用いてみましょう。
頭を切り替えるには「眼球運動」
さて後日、Gさんから質問を受けました。
「作業中に緊急の案件が入ったとき、うまく切り替える方法ってありますかね。すぐに取りかかろうとしても、直前に着手していた作業が頭に残ってしまって、なかなか気持ちを切り替えられないことがあります」
どれだけ自分主体で行動していても、緊急の仕事は舞い込んでくるものです。直前の作業から頭が切り替わらず、緊急の用事を聞きながら頭の中では「あれ? さっきの資料送信したっけ?」などと考えてしまうこともあると思います。
この思考の切り替えには、「眼球運動」が使えます。
具体的な方法の前に、思考が頭に残ってしまう仕組みについて、少しだけ説明させてください。脳は予測するとき、前頭葉眼窩部、楔前部、帯状回後部で構成される「デフォルトモードネットワーク」を使っています。これに対して、実際に作業をしているときは、背外側前頭前野、帯状回前部、楔前部で構成される「セントラルエグゼクティブネットワーク」を使います。
頭の中と実際の作業を一致させる
もし、効率化を目指して隙間時間にも作業を詰め込んだなら、セントラルエグゼクティブネットワークが働き続けて、デフォルトモードネットワークを使う間がなくなります。すると、強制的にデフォルトモードネットワークが起動することがあります。これが、作業に集中しているはずなのに、関係ないことを考えてしまう現象の正体です。
作業中に、頭の中だけで関係ないことを予測し始めれば、作業の精度は下がりますし、作業に注意しなければならないと抗えば、予測の精度が下がり、どちらも中途半端になってしまいます。
これを防ごうというのが、作業前10秒の予測タイムです。デフォルトモードネットワークを能動的に使うことで、頭の中と実際の作業を一致させることが狙いです。
反面、その状態で緊急の案件が割り込んでくると、今度はデフォルトモードネットワークの働きで頭の中は直前の作業のままになってしまいます。ここでいったんデフォルトモードネットワークの起動を止めることができれば、緊急案件のほうに頭を切り替えることができます。
目玉を片端に寄せて10秒カウント
実は、デフォルトモードネットワークは眼球運動と密接に関係しています。眼球の動きを止めると、デフォルトモードネットワークも止まるのです。
実験してみましょう。
まっすぐ前を向き、首を動かさずに目玉だけを右端か左端にギュッと寄せて、そのまま10秒カウントしてみましょう。10秒経過したら、目を元に戻してください。
いかがでしょうか。先ほどまで考えていたことを忘れて、頭の中が空っぽになりましたか? これが、デフォルトモードネットワークが止まった現象です。
緊急の案件が割り込んできたら、即座に眼球を端に寄せて10秒固定しましょう。目を戻して案件に対応すれば、直前の思考が断ち切られ、すっと目の前の課題に集中できるはずです。
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