スポーツの面白さに審判・レフリーは不可欠
悲喜交々がスポーツの醍醐味である。どれだけ感情が揺さぶられるかがスポーツのオモシロさだとすれば、ときに間違えることもある審判やレフリーの存在は欠かせない。
思い切って「ビデオ判定」を廃止するのもひとつだろう。せめて最終的な判断をレフリーや審判に委ねてみてはどうだろう。
あくまでも人間の手によって誤審をなくす努力を続ける。感情を抑えて理性を働かせ、決断を下す責任を負うレフリーや審判と、彼、彼女らに敬意を抱きつつプレーし、観戦する人たちとのコラボレーションを創り出す。そうして人間らしさを残そうと懸命に足掻く一挙手一投足から、私たちはテクノロジーとの適切な付き合い方を見て取ることができる。
人間らしさとはなにか。人間らしくあるためにはどうすればよいのか。「ビデオ判定」の見直しは、これらの問いに向き合うことである。「余白」のデザインこそが、スポーツ界のみならず今日の社会で求められる大切な視点なのだ。
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