京大2日目、メールで届いた早稲田合格
現役時代、高橋さんは京都大学を受験しますが、不合格。私立大学はほとんど眼中になく、早稲田大学は直前になって、友人が余らせていた願書で出願したといいます。
「予備校の担当に『お前はセンター利用と国立しか出してないから、センターをミスったらもう1浪だな』って言われました。そこで、友達の余った願書で早稲田に出願しました」
早稲田大学の合格を知ったのは、京都大学の2次試験2日目でした。本人がまだ会場にいる間に、両親のもとへ先に連絡が届いていたのです。
「京大は数学が全然ダメだったし、まぁ多分落ちたなと思いながら帰っていたら、『お父さんと(早稲田に書類を)返しちゃったよ』みたいなメールが来ていて、『いいんだ、早稲田でも』と思いました。自分としては、(これで受験も)終わったー、って感じでしたね。大学にそこまでこだわりがあるわけじゃないんで。家を出られればいいよ、と思っていました」
大学の名前よりも、家を出られること自体に意味があったと高橋さんは振り返ります。早稲田合格はゴールではなく通過点であり、家を出るために手に入れた切符だったのです。
1年目は全単位を取得、それでも中退
早稲田大学に入学した高橋さんは、1年目の単位をすべて取得しました。
「『1年は頑張ろう』っていうのが、自分の中でありました。そんなにもうやる気はないけれども、ま、せっかく入ったからには、『将来こんな道があるかな』と思いつつ、ちゃんと頑張って、勉強を活かして卒業しようと思っていました」
しかし、そのやる気は続きませんでした。大学に通ったのは実質1年ほどで、2年の終わりから3年の初め頃に中退を選びます。きっかけは、母親からの電話でした。
「ちゃんと大学を卒業した後の道を考えていたのですが、なんか、やっぱ違うなという感じでした。『まあ、ねえな』と。そう思っていた時に母親が一回自分の教育を反省するタイミングがあって、反省の電話が来ました。そこでチャンスだと思って、つけ込む感じで『自由に生きたい』と伝えました」
母親は「それなら辞めな」と、思いのほかあっさり受け入れたそうです。

