デンマークとアイルランドが行ったこと
日本と同様にHPVワクチンの接種開始後に接種率が急落し、その後、日本とは違って速やかに接種率が回復した国があります。デンマークとアイルランドです。
デンマークでは、2009年にHPVワクチンの接種が始まりましたが、2013年頃から接種後に強い疲労、頭痛、めまい、失神・起立時の頻脈、認知機能異常などを訴える少女たちが存在しました。2015年にテレビでそういった少女たちが大きく報道されると、出生世代によっては接種率が約90%から約42%にまで低下したのです(※6)。
そこでデンマーク保健当局、がん協会、医師会は、協同で全国キャンペーンを開始。保護者を対象に「何に不安に感じ、どこから情報を得ているか」を調べ、新聞や雑誌だけでなく、Facebookに公式ページを作って質問に答え、双方向で対話しました。さらに子宮頸がん患者や家族の経験を伝え、HPVワクチンを接種しないことによるリスクも目に見えるようにしました。その結果、2016年頃から接種率が回復し、2008年生まれの女の子では初回接種率が91%に達しています(※6)。
アイルランドでは、2010年から学校で女子へのHPVワクチン接種が始まり、当初は85〜90%の高い接種率でした。ところが、2015年頃からワクチンの安全性をめぐる懸念が広がり、2014〜2015年度には87%だった接種率が、2016〜2017年度には51%まで低下しました。そこで公的医療サービスを担うHSEや医療関係者や患者団体など幅広い関係者が「HPV Vaccination Alliance(HPVワクチン連盟)」を結成。正確な情報発信、学校の接種チームへの研修などの対策を進めた結果、接種率は70%まで回復しました(※7)。
※6 Decline in HPV-vaccination uptake in Denmark - the association between HPV-related media coverage and HPV-vaccination - PubMed
※7 WHO Upswing in HPV vaccination in Ireland
安全が確認されても上がらない接種率
一方、日本はその頃、どんな状況だったのでしょう。2014〜2015年頃には、厚労省は副反応の追跡調査を開始しました。2015〜2017年には、厚生労働省科学研費補助金による祖父江班が副反応の疑いのある症例を調査し、HPVワクチンを接種していない人たちにも同様の多彩な症状が起こっていることがわかりました(※8)。
2015年、名古屋市が行った約3万人の若い女性を対象した研究でも、HPVワクチンの接種と、接種によって起こるとされた24症状に因果関連は認められませんでした(※9)。こうしてきちんと調査が行われ、早期に安全性が確認されたのに世論は動かず、接種率回復に至らなかったのです。なぜでしょうか。
一つには、HPVワクチンに反対する運動、危険性を強調する情報発信が続いたせいです。また、「危険かもしれない」という情報に比べて、「安全性を示す研究結果が出た」という情報は広まりにくいせいでもあります。実際、当時の全国紙の記事を分析した研究では、2013年以降、副反応や被害、訴訟などを扱う記事が多くなった一方、WHOなどによるワクチンの安全性についての情報はほとんど報道されていなかったことがわかっています。
そして、デンマークやアイルランドとの大きな違いは、国の対応でした。両国では国の保健当局などが前面に立ち、保護者の不安を調べ、SNSも使って疑問に答えるなど、ワクチンへの信頼を取り戻すための積極的な情報発信を行いました。一方、日本では安全性についての調査は続けられたものの、その結果を国が積極的に国民へ伝え、接種への信頼を回復させる取り組みは十分ではありませんでした。その結果、「国が積極的には勧めていない」という強いメッセージだけが長く残ったのです。
※8 厚生労働省「第26回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」(2017年4月10日)
※9 No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study - PubMed

