無礼な態度が人をじわじわとむしばむ

このグレーゾーンのハラスメントは、「インシビリティ(incivility)」とも呼ばれます。日本語では「礼節の欠如」「無礼さ」「配慮のない態度」にあたり、相手を傷つけようとする意志が曖昧で、悪意を持っていないものも含まれるのが特徴です。

それだけで直ちに深刻なダメージをもたらすわけではありませんが、じわじわと働く人の尊厳を失わせ、健康をむしばんでいくような行為のことを指します。

インシビリティ行為の例

・挨拶されたのに無視したり聞こえないふりをする

・会話している時にパソコンやスマホの画面を見たり、別の作業をしながら聞く

・機嫌が悪い時にそれを態度に出す(舌打ち、ため息、貧乏ゆすり等)

・すれ違った時に嫌悪感に満ちた表情で見つめる

・いじったり、からかったり、誰かの悪口を言う

・提案された意見に関心を示さない

・担当業務に関する判断を信用しない

・性別、年齢、教育歴、出身地、職種、入社年度の違いによって態度を変える

・大きな音を立てたり、物を乱雑に扱う

・他の人のことは「さん」付けで呼んでいるのに、特定の人だけ「おまえ」「~くん」「~ちゃん」と呼ぶ

どれも、職場でよく見かける行為ではないでしょうか。日本国内の地方公務員約2000名を対象にした調査では、過去1カ月という短い期間でも半数以上が何らかのインシビリティを経験していました。

2025年に全国のビジネスパーソン624名を対象にした調査でも、約半数が直近6カ月以内にインシビリティを経験しており、中でも「感謝・労いの欠如」「高圧的な物言い」は約8割が経験していたことがわかっています。

手で机を叩き怒りをあらわにするビジネスマン
写真=iStock.com/Yuuichiro Koyanagi
※写真はイメージです

インシビリティが深刻な損害の元凶に

日常的に起こりうるインシビリティですが、このレベルの言動でも、従業員の健康と組織に深刻な損害を与えます。

健康への影響から見ると、米国の一般労働者1155名を対象にした研究では、インシビリティの頻度が上がるほど心理的ストレス反応が強まることが示されています。筆者らが日本国内の大学職員や医療職ら約1500名を対象に行った研究でも、インシビリティの経験が1年後の抑うつ症状と関連していることが明らかになっています。

津野香奈美『「不機嫌な職場」を科学する 悪意なきパワハラと攻撃を生み出すメカニズム』(SB新書)
津野香奈美『「不機嫌な職場」を科学する 悪意なきパワハラと攻撃を生み出すメカニズム』(SB新書)

さらに、カナダの看護師612名と472名をそれぞれ対象に行った研究では、インシビリティと「バーンアウト(燃え尽き)」との間に有意な関連が観察されています。

生産性への影響も見逃せません。米国の看護師659名を対象にした研究では、職場のインシビリティがもたらす生産性低下のコストは、看護師1人あたり年間約174万円(US$1万1581)と算定されています。インシビリティを経験すると、組織へのコミットメント、つまり組織への帰属意識が下がることも指摘されています。

また米国の調査では、労働者の24%がインシビリティを理由に退職したと報告しています。同僚からのインシビリティより、上司からのインシビリティがより強く離職と関連することも示されています。自分の評価者からの敵対的な言動は、より深刻なダメージをもたらすのです。