国会で厳しく追及された村木厚子氏

この赤旗記事では小池の“手柄話”をさらりと書いているが、実際の小池の村木への追及は熾烈なものだった。

村木厚子
村木厚子氏(画像=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

【小池】04年2月当時の障害保健福祉部長は、現在独立行政法人福祉医療機構理事の塩田幸雄氏、それから同じく企画課長は、現在雇用均等・児童家庭局長の村木厚子さん、今いらっしゃいます。村木さんは、04年2月ごろ、凜の会の代表が企画課を訪れたときに面会されたという事実はありますか。

【村木】私、雇用均等・児童家庭局長として政府参考人として今日呼ばれておりますので、所管外の問題についてはお答えをすることができません。御容赦をいただきたいと存じます。

【小池】私、その言い訳は通用しないと思うんですよ。これ、施策の中身、細目について聞いているんじゃないんです。今、厚生労働行政の公平性、公正性に社会の疑惑の目が向けられているんですよ。その当時、やっぱり担当者だった以上、あなたは厚生労働省の幹部としてこの疑問に対してちゃんと答える責任があると思います。もう一度答えてください。

【村木】恐縮でございますが、重ねてお答えを申し上げます。雇用均等・児童家庭局長としては所管外の問題でございますので、お答えをする立場にございません。

【小池】いや、駄目だって。だって、この障害者団体の証明書には企画課長だったあなたの公印が押されていたというのは、さっき答弁があったんですよ。ね、ちゃんと答えてくださいよ。これじゃ駄目ですよ。

【村木】重ねて申し上げます。私の立場でお答えをできる状況でございません。立場でございません。

【小池】官房長、当時の企画課長が、まさに公印が押されていたというわけですよ。ね。だったらば、それについて元課長である村木さんに、調査委員会としてその件について調査する、聴くというのは当然じゃないですか。何でやらないんですか。やってないんだったら、今そこで聴いてください、隣にいるんだから。村木さんが答えられないんだったら、あなたが答弁してくださいよ。そうでなきゃ駄目です。

(2009年6月2日参院厚生労働委員会議事録より)