元白河藩の県職員に転身した父
また、弾右衛門は廃藩置県が秒読み段階になったこの頃から、近隣諸藩で就職口を探していた。彼もまた黒羽藩を見限っていたようである。
「明治三年七月、弾右衛門は、白川県大属に採用された」
『下野勤皇列伝』(栃木県教育委員会)にこのような記載がある。黒羽からほど近い陸奥国南部の白河藩領は明治政府が直轄していたのだが、廃藩置県に先立つ明治2年8月にはそこに白河県(明治4年に二本松県と合併して福島県となる)が設置された。
弾右衛門はその県職員となり、鉱山開発を任されたというのだ。しばらくは単身赴任して働いたが、しかし、まもなくして病を患って仕事ができなくなる。
父は病を得て弱気になっていたか
弾右衛門は黒羽に帰郷して養生に努めるが、体調はいっこうに回復せず、家の蓄えも減りつづける一方。それですっかり気弱になっていた。それだけに、娘の将来が気になる。富裕な家に嫁がせて金で苦労せず生きられるようにしてやりたいと、縁談を進めていたようだった。
だが、チカからすればその親心はありがた迷惑。
「この人はちょっと……」
気が進まない相手だった。福之進は40歳くらいの中年男、親子ほどの年齢差がある。
渡辺家は黒羽城本丸の少し北側、チカの家からは大手通りの坂道を500~600メートルほど登ったところにある。同じ城下でさほど遠くない場所に住み、100家にも満たない小藩の家臣同士である。お互いの家のことはそれなりに知っていただろう。が、それでもこれだけ年齢差があると相手の男性とは接点がなく、話をしたこともない。

